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TORENDIA

高尾ざんげ

本文約10,200字 ・ 読了時間 約21分

あらすじ(AIが作成しました)

終戦後、講義をせず酒に耽溺して荒れた生活を送る大学講師の檜山啓三と、彼を案じる芸妓の菊千代。二人は互いの脆い心境を重ね合わせ、足がかりとして心の繋がりを深めていく。やがて菊千代は芸妓を廃業して熱海へと移り住むが、檜山が彼女の生活を訪ねた際、そこには以前とは異なる二人の距離感があった。荒廃した時代の中で、心身の拠り所を求める男女の不安定な心情と関係を描く物語である。

豊島与志雄

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終戦後、その秋から翌年へかけて、檜山啓三は荒れている、というのが知人間の定評でありました。彼が関係してる私立大学では、十月から授業を開始しましたが、彼は一回も講義をしませんでした。家庭では、習慣的に書斎に籠ることが多かったようですが、家人の言うところに依りますと、殆んど読書はせず、漫然と画集を眺めたり、座布団を二つに折って枕とし、朝からうとうと眠ったりして、そしてやたらに煙草ばかりふかしてるそうでした。来客に対しては、すべて無口で不愛想でした。もっとも、それらのことだけでは別に問題ではありませんが、彼はひどく酒に耽溺して、その先が荒れるのでした。日本酒やビールに酔ってくると、あとはウイスキーをあおりました。彼がいつも飲みに行く新橋花柳地区の杉茂登には、二箱ばかりのサントリーが預けてあるとの噂もありましたが、真偽のほどは分りかねます。酔っぱらってからの彼は、ひどく怒りっぽくて、友人たちに対しても女たちに対しても、些細なことで突っかかっていきました。それも、相手に向ってではなく、自分自身に向って腹を立ててるような調子でした。或る時、突然席を立って帰りかけ二階から階段を逆様に匐い降りたことがありました。滑らかに拭きこまれてる階段を、手先と肱で逆様に匐い降りてゆき、終りまでは持ちこたえず、横倒しに転げ落ちました。また、冬には珍らしい大雨のあと、街路の一部に水溜りが出来ていました時、彼はわざわざそこに踏みこんで、最も深いところを選み、膝まで水に浸って、ざぶざぶ渡って行きました。この種の話は他にいくらもあります。消費した金も相当なもので、彼は戦争中に軍報道部の秘密な仕事に関係していて、終戦時に可なりの金額を手に入れたとの噂もありましたが、これも真偽は明らかでありません。

そういう檜山でしたが、然し、最後に踏み止まる一線をまだ持っているようでした。いくら酔っても、そのままつぶれてしまうことはなく、杉茂登に泊りこむことはなく、遅くなっても必ず自宅に帰ってゆきました。もっとも、これは菊千代の微妙な心遣いによることも多かったようでした。

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