TRENDIA CLASSIC
不肖の兄
豊島与志雄
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敏子
なぜ泣くんだ。何も泣くことはありゃしない。嬉しいのか、悲しいのか……いや兎に角、こんな時に泣く奴があるものか。
僕も悪かった。がそりゃあ、皆が云う通りの不肖の兄、そういう僕なんだから、おかしな理屈だが、まあ名前に免じて許してくれよ。
僕は知らなかったんだ、お前と浜地との間を……あの翌朝まで。薄々は分ってたようにも後では思えるが、全く、翌朝初めて母から聞いてはっきり分ったのだった。
可笑しな朝だったよ。
さすがに僕だって、前夜のことがぼんやり気にかかって、ぼんやりしてるだけにちょっと弱らされた。それで、十一時頃まで寝床の中に愚図ついていて、起き上るとすぐに、酒を飲むと云い出してみた。
「え、お酒。」
言葉と一緒に息をつめて、さも呆れ返ったように母が見つめてきたので、僕は一寸首をすくめたが、すぐに眉根をしかめてごまかしてやった。
「ええ。何だか頭痛がするようだから、少しでいいんです。一本……つねや、」と僕は女中を呼んだ、「つねや、大急ぎ、一本お燗をするんだよ。」
「まあ、お前はほんとに……。昨晩あれほど飲んでおいて、その上まだ飲むつもりなんですか。」
「だから、一寸、すこうし……変に頭が痛くって……本当ですよ。」
そんなことが信じられるものですか、というような母の顔付だったが、それでも機嫌はさほど悪そうでもなかった。うまくいった、と僕は思った。
ところが、朝食の膳に向って、一人でちびちび、苦い味を我慢して飲み初めると、母は飯櫃の横に控えて、じっと僕の方を見守ってきた。
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