TRENDIA CLASSIC

古井戸

豊島与志雄

1 / 25

初めは相当に拵えられたものらしいが、長く人の手がはいらないで、大小さまざまの植込が生い茂ってる、二十坪ばかりの薄暗い庭だった。その奥の、隣家との境の板塀寄りに、円い自然石が据っていた。

「今時、これほどの庭でもついてる借家はなかなかございませんよ。それですから、家は古くて汚いんですけれど、辛棒して住っておりますの。」

「そうですね。手を入れないで茂るに任してあるところが却って……。それに、あの奥の円い石が一寸面白いですね。」

そんな風に、彼は主婦の房子と話したことがあった。

その円い自然石の側に、梅雨の頃、いつとはなしに、軽い地崩れがして穴があき、それが次第に大きくなっていって、流れこむ雨水をどくどくと、底知れぬ深みへ吸い込んでるようだった。

「片山さん……こんな大きな穴が……。いつ出来たのでしょう。」

梅雨あけの爽かな朝日を受けて、房子が箒片手に、こちらを振向いていた。

「今気がつかれたんですか。呑気ですね。」

縁側から庭下駄をつっかけて、彼はわざわざやって行った。

が、よく見ると、石の側にぱくりと口を開いて、斜めに深くおりていってる穴は、広さはさほどでもないが、何だか大きな洞窟の一部分とでもいうような、測り知られぬ感じを持っていた。その上、穴の口から大きく半円を描いて、二筋三筋断続した地割れがしていた。

「土竜のせいでしょうか。」

「さあ、土竜にしちゃあ……。」

「では……。」

「何だかえたいの知れない穴ですね。」

「ええ、気味の悪い……。これからせっせと塵芥を掃きこんで、埋めてやりましょう。」

然し、彼女が時折掃き込む塵芥では、なかなか埋まりそうもなかった。一時口が塞ったかと思うと、次の降雨の後には、またぱくりと口を開いていた。

彼は何故ともなく、その穴と穴の上の自然石とに、注意を惹かれていった。

豊島与志雄の他の作品