古井戸
本文約21,200字 ・ 読了時間 約43分
あらすじ(AIが作成しました)
借家の庭に突如として現れた正体不明の穴に、同居する片山と主人の松木は不穏な気配を感じる。二人が庭の古びた石を退けて掘り進めると、そこには深い陥没が続いていた。その後、松木の娘・光子が夜中に井戸から何かが来るという夢に怯え、次第に心身の不調をきたす。娘の異変と、庭の穴や金銭に執着する父親の歪な存在感が、共同生活を送る片山の精神を追い詰めていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
初めは相当に拵えられたものらしいが、長く人の手がはいらないで、大小さまざまの植込が生い茂ってる、二十坪ばかりの薄暗い庭だった。その奥の、隣家との境の板塀寄りに、円い自然石が据っていた。
「今時、これほどの庭でもついてる借家はなかなかございませんよ。それですから、家は古くて汚いんですけれど、辛棒して住っておりますの。」
「そうですね。手を入れないで茂るに任してあるところが却って……。それに、あの奥の円い石が一寸面白いですね。」
そんな風に、彼は主婦の房子と話したことがあった。
その円い自然石の側に、梅雨の頃、いつとはなしに、軽い地崩れがして穴があき、それが次第に大きくなっていって、流れこむ雨水をどくどくと、底知れぬ深みへ吸い込んでるようだった。
「片山さん……こんな大きな穴が……。いつ出来たのでしょう。」
梅雨あけの爽かな朝日を受けて、房子が箒片手に、こちらを振向いていた。
「今気がつかれたんですか。呑気ですね。」
縁側から庭下駄をつっかけて、彼はわざわざやって行った。
が、よく見ると、石の側にぱくりと口を開いて、斜めに深くおりていってる穴は、広さはさほどでもないが、何だか大きな洞窟の一部分とでもいうような、測り知られぬ感じを持っていた。その上、穴の口から大きく半円を描いて、二筋三筋断続した地割れがしていた。
「土竜のせいでしょうか。」
「さあ、土竜にしちゃあ……。」
「では……。」
「何だかえたいの知れない穴ですね。」
「ええ、気味の悪い……。これからせっせと塵芥を掃きこんで、埋めてやりましょう。」
然し、彼女が時折掃き込む塵芥では、なかなか埋まりそうもなかった。一時口が塞ったかと思うと、次の降雨の後には、またぱくりと口を開いていた。
彼は何故ともなく、その穴と穴の上の自然石とに、注意を惹かれていった。