わが血を追ふ人々
本文約10,500字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
渡辺小左衛門の地所を借りた金鍔次兵衛は、鳥銃を携え各地を徘徊する男である。彼はマニラで司祭に叙階されたが日本へ潜入し、禁教下の日本で切支丹の救世主とされる少年ヒエロニモ四郎の奇跡を宣伝する。四郎の美貌を利用して全九州の反乱と切支丹の国家統一を夢見る次兵衛だが、その孤絶した魂は激しい破壊衝動を抱え、監視する小左衛門に戦慄と嫌悪を抱かせる。禁教の時代を舞台に、妖術使いと恐れられた一人の神父の狂気と情念を描く。
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その一
渡辺小左衛門は鳥銃をぶらさげて冬山をのそ/\とぶらついてゐる男のことを考へると、ちようど蛇の嫌ひな者が蛇を見たときと同じ嫌悪を感じた。この男が鳥銃をぶらさげて歩くには理由があるので、人に怪しまれず毎日野山を歩き廻るには猟人の風をするに限る。この男は最近この村へ越してきて、それも渡辺小左衛門を頼つて、彼の地所を借りうけた。名目は小左衛門の小作であるが、畑などは耕さぬ。毎日鳥銃をぶらさげて諸々方々、天草一円から長崎島原にわたつて歩き廻り、どこに寝てゐるのやら、小屋はあるが、自分の小屋に眠ることなどはめつたにない。ところが一度、小左衛門はこの男の眠るところを見たのである。彼の嫌悪が決定的になつたのは、その時からのことであつた。
この男が水練が達者なぐらゐは驚くに当らぬが、この男は真冬の満潮の海を泳いで上つてきた。鉢巻をしめて頭上に松明をさしこみ、これに火をともして荒れ模様の夜の海を半刻あまりも泳いできたのである。神火が荒れ海に燃えてゐるといふので村の人々は驚愕して海辺に坐つて火を拝む始末であつたが、男は水中で松明を消して小左衛門の裏庭の浜へ上つてきた。こゝならば村の者には見つからない。あいにく小左衛門はたつた一人裏庭へでゝ神火を見てゐた。海から上つてくる男に向つて誰かと叫ぶと、あゝ、あんたか、と、男はすり切れたやうな声で答へたゞけだつた。さすがにこの男も冬の荒れ海の水練に疲労困憊してゐたのである。男は暫く汀にうづくまつてゐたが、やがて起き上つて腰に巻きつけてゐたヂシビリナ(鞭)をほどくと、力一ぱい自分の身体を殴りはじめた。散々に殴り、血にまみれ、喘ぎながら小左衛門の牛小屋に辿りつくと、へたばるやうにもぐりこんで藁をかぶつて寝てしまつた。