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TORENDIA

家康

本文約12,000字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

徳川家康の生涯と、その天下取りに至る過程を論じる。晩年は狡猾な大狸と評されたが、幼少期の父との別れや人質生活を経て、元来は保守的で平凡な性格であったと分析する。時代思潮が平和を求める中、家康は望まぬままに天下人へと押し上げられ、豊臣家との対立という状況下で、不手際ながらも自己の信念を貫こうとした。本書は、一人の人間としての家康の実像を、戦国の権謀術数や独自の個性を踏まえて考察する評伝である。

坂口安吾

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徳川家康は狸オヤヂと相場がきまつてゐる。関ヶ原から大坂の陣まで豊臣家を亡すための小細工、嫁をいぢめる姑婆アもよくよく不埒な大狸でないとかほど見えすいた無理難題の言ひがかりはつけないもので、神君だの権現様だの東照公だのと言ひはやす裏側で民衆の口は狸オヤヂといふ。手口が狸婆アの親類筋であるからで、民衆のかういふ勘はたしかなものだ。

けれども家康が三河生来の狸かといふと、さうは言へない。晩年の家康は誰の目にも大狸で、それまで家康は化けてゐたといふのだが、五十何年も化けおほせてゐた大狸なら最後の仕上げももうすこしスッキリとあかぬけてゐさうなものだ。関ヶ原から大坂の役まで十年以上の時日があり、その間家康はすでに天下の実権を握つてをり、諸侯の動きもほぼ家康に傾いてゐて、彼が大狸ならもつとスッキリやれた筈だ。十年余の長い時間がありながら彼のやり方は如何にも露骨で不手際で、まつたく初犯の手口であり、犯罪の常習者、あるひは生来の犯罪者の手口ではなかつたのである。

十三の年に伊豆へ流されてそれから三十年、中年に至るまで一介の流人で、田舎豪族の娘へ恋文でもつけるほかに先の希望もなかつた頼朝だが、挙兵以来の手腕は水際立つたもので、自分は鎌倉の地を動かず専ら人を手先に戦争をやる、兵隊の失敗、文化人との摩擦など遠く離れて眺めてゐて、自分の直接の責任にならないばかりか、改めて己れの命令によつて修正したり禁令したり、失敗まで利用してゐる。かうして一度も京都へ行かないうちに天下の権が京都から鎌倉へ自然に流れてくるやうな巧みな工作を施したものだ。

もつとも頼朝の場合は京都を尊敬するといふ形式を売つて実権を買つたので大義名分があり、京都の方に敵もあつたが味方も多い。藤原一門の対立の如きものもあり、九条兼実の如く頼朝から関白氏の長者を貰つて、頼朝に天下の実権を引渡すやうな、いつの世にも絶えまのないエゴイストの存在が巧みに利用せられてゐるのである。

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