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TORENDIA

本郷の並木道

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

京都での生活を経て本郷に戻った著者が、街路樹の美しさや学生の気質を比較しつつ、本郷での体験を綴る随筆。学生で溢れる京都に対し、本郷の街路樹が呼び起こす青春への思索、かつて百万石で遭遇した牧野信一との記憶、そして本郷の並木道を颯爽と歩く中島健蔵先生への眼差しを通じて、本郷という土地の空気感を浮かび上がらせる。

坂口安吾

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🎧 本郷の並木道 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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一年半京都に住んで、本郷へ戻つてみると、街路樹の美しさが、まつさきに分つた。京都は三方緑の山にかこまれてゐるが、市街の樹木を殆ど思ひ出すことができないのである。多分、街路樹も、なかつたのだらう。

本郷へ戻つてきて、まづ友達とUSで昼食をとつた。戸口を通して、街路樹が見えるのである。それだけのことが、すでに甚だ新鮮だつた。キャフェのテラスが家庭の延長のやうなパリジャンにとつて、常にマロニエが忘れ得ぬ友達であるのは、当然だと思つた。街路樹は青春を思はせる。京都の街が死んでゐるのは、街路樹の少いせゐもあるだらう。

然し京都は、街全体がひとつの学生街である。河原町四条を中心とする京都の唯一の盛り場は、学生によつて氾濫し、占領されてゐるのである。喫茶店は言ふまでもなく、おでん屋の椅子の大部分も学生によつて占められてゐる。彼等はわが縄張りにゐるかの如く傍若無人である。わりかんで酒をのみ、忽ち酔ひ、駄洒落を飛ばし、女を口説いてゐるのであるが、うるさいこと、夥しい。学生にあらざるものは、人間にあらざるが如しである。

去年東京帝大の仏文科を卒業し、京都のJO撮影所の脚本家となつた三宅といふ人がゐた。京都に友達がなく、無聊に悩んで、三日目毎に、どんな悪天候を犯しても、僕のところへ遊びにくる習慣だつた。彼はその身も数ヶ月以前までは学生の身分であつたことを物の見事に忘却し、京都の学生の横行闊歩を憎むこと、不倶戴天の仇敵を見るやうである。なるほど東京の学生は、とてもかうはもてないのである。失はれた青春が、三宅君の癪のたねであつたらしい。京都では、学生の行けない酒場の女達すら、学生向きにできてゐる。東京へ戻つてみると、大学街の喫茶店の女すら、すべての感じが、どことなく大人であつた。学生の行動も亦控へ目である。

僕は然し、本郷に住んではゐるが、殆ど本郷のことを知らない。酒を愛しはじめてから、お茶を飲むことを忘れたので、喫茶店といふものへ這入ることも殆どない。さりとて、おでん屋といへども、人々の寝しづまつた夜陰に乗じて街へ降りる習ひであるから、百万石のやうなれつきとした飲み屋へは推参の折が殆どない。

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