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TORENDIA

北と南

本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

西瀬英一の著書が描く南紀と雪国の風景の対比を起点に、北と南という異なる気候が人の心や郷愁に与える影響を論じる。著者は自らの郷愁と他者のそれとの差異を検証しつつ、タマーラ・カルサビーナやゲーテの例を引いて、南方と北方の精神的な共通性を見出す。気候の明暗に関わらず、人間の郷愁や感傷の根底にある烈しさは一脈通じているとし、本能と理知が気候と深く結びついている人間の本質を考察する。

坂口安吾

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🎧 北と南 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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「南紀風物誌」といふ本がある。(西瀬英一著、東京竹村書房発行)熊野から新宮、串本あたりの南紀州の風物を紹介したもので郷土色の横溢した読物であるが、南国のたそがれ、子供達が竿をもち、口々に蝙蝠ほいと呼びながら飛ぶ蝙蝠を竿で地上へたゝき落す、南国のでう/\たる余韻と愁ひを流した風景を描いて、郷愁を代表する情景のやうにいつてゐた。この著者は越後新発田に旅行した事があるものとみえ、この南国の風景に関聯して雪国でみた蝙蝠の思ひ出を述べてゐる、雪国の陰鬱な宿で炉端の火を囲んでゐると煤けた天井の闇から闇をバタ/\と羽音がして一羽の蝙蝠がとんでいつたといふのであるが、南国の明るい愁ひにつゝまれた蝙蝠にくらべ、あまりにも暗愁にみちた絶望的な羽音だつたといふのである。

これはいはゞ北と南の相違をのべてゐるのであるが、見方によれば、明暗の差はあれ、愁ひの切なさ、感傷の深さ、郷愁の悲しさ烈しさは一脈通じてゐるといへる。

私は佐藤春夫や井伏鱒二の郷愁に深い共感を覚えがちだが彼等の故郷も郷愁もおよそ私のそれと違つた明るく暖かい南方色にみちてゐる。然し又、私の作品を愛し、特にその郷愁的色調を愛す人々の最も多くに南国人を見出すといふ事実を附け加へたい。

タマーラ・カルサビーナはロシヤ生れの舞踊家であるが、数年前フランスのルビュウ・エブドマデエルといふ雑誌に連載した「回想記」にスペイン生れの画家ピカソにロシヤ的性情を発見して吃驚したといふことが書いてある。彼等は例のヂアギレフの「ロシヤ舞踊団」で長年一緒に仕事をしてゐたのである。結局南方と北方はその気候の明暗の相違はあつても、それから受ける烈しさがおなじいのだといふ風に結論して居たやうである。

ゲーテは陰鬱な故郷の気候を逃れ、太陽を求めて伊太利へ馬車を走らせてゐるが、彼の魂の奥底では、太陽は異郷の空にあるのではなく、いつも故郷の暗澹たる雪空の裏側に住なれてゐたのであらう。故郷を逃げたのではなく、実は郷愁のすみかをもとめて、避けがたい力によつて馬車を走らせてゐたのかも知れない。

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