本文へ移動
TORENDIA

中庸

本文約16,000字 ・ 読了時間 約32分

あらすじ(AIが作成しました)

戦後の山村で村長に就任した余は、小学校の校舎再建と金策に奔走する。その学校には、周囲から悪評を受ける女性教員・小野マリ子が勤務していた。余は彼女の境遇を案じて手助けを試みるが、助役の羽生ら村の人間たちとの間で確執が生じ、学校の惨状や人々の偏見が浮き彫りになる。やがて、教育現場の劣悪な環境をめぐる対立は激化し、余は村の思惑と複雑な人間関係の中で孤立していく。

坂口安吾

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 20

1

この村からは陸海軍大佐が各一名でた。陸軍の小野は南方で戦歿し、海軍の佐田は終戦後帰村した。余がそれである。

余がその村の村長となったのは決して自分の意志ではない。たまたま前村長が病死して、他に適当な人がなかったために、推されるままに引受けてしまったのだが、人々の話では役場へでて村長の席に坐っているだけでよいような話であったし、自分の記憶でも、余の叔父が村長のころは用あれば役場の小使が迎えに来たもので、さもない限り彼は終日自宅で碁をうっていたものだ。その思い出を助役の羽生に物語って、そのようでよろしければやれないこともないと云うと、彼はそれに答えて、

「御承知の如くに終戦後はがらりと世相が変りまして、この山里でも都会なみにかれこれと理窟を申したがる人物もおりますので、毎日定刻の御出勤だけは御面倒でもお願い致したいのです。役場で終日碁をうたれるのは、それは誰に遠慮もいらぬことです」

「いや。私は碁ばかりでなく一切趣味のない男で、植木や畑いじりぐらいの楽しみがせいぜいだね。そんな私だから、それが日課ときまれば毎日定刻の出勤は苦になるどころか、身体にもよろしかろう」

そんな軽い気持で引受けてしまったのである。

この村の小学校は昨年怪火を発して全焼した。幸い新築まもない中学校は焼け残ったので、それと寺院なぞで二部三部授業を行って一時をしのぎ、目下どうやらバラックの教室もできあがって、あとは本建築の校舎起工にとりかかる段取りである。ところが、この金策がつかない。村長になりたがる者がないのも、このためであった。

しかし、村長なしでは済まされないので、村会議員らと助役が余を訪れ、校舎新築の件や金策のことは一切自分らがやって御迷惑はかけないから村長になってもらいたい。余が何もしなくとも余の肩書が自然に働いてくれるのだから。事務も一切助役が代行する。いわば宴会の村長だというようなわけで、なるほど世間にはそんな村長も少い例ではなかろうと余も大笑して村長になったわけだ。

就任の当初から問題の小学校であったが、さて実地に接してみると、その操縦は軍艦を動かすよりもよほど難物だということが次第に判明した。

坂口安吾の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本