風波
本文約7,100字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
魯鎮の農村に住む七斤は、通い船の船頭として城下の世事を聞き伝えて村人の尊敬を集めていた。ある日、彼は天子の崩御を告げ、自身が辮子を持たないことから時勢の変化に不安を抱く。同じく辮子を尊ぶ旧習を持つ祖母や、辮子の有無を責める村の識者、妻の疑心暗鬼により、一家は存亡の危機に瀕する。しかし数日後、世間に大きな変化がないことが判明すると、七斤の生活は以前の平穏を取り戻し、村人からの尊敬も元通りとなる。
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河沿いの地面から、太陽はその透きとおった黄いろい光線をだんだんに引上げて行った。河端の烏臼木の葉はからからになって、ようやく喘ぎを持ち堪えた。いくつかの藪蚊は下の方に舞いさがって、ぶんぶんと呻った。農家の煙筒のけむりは刻一刻と細くなった。女子供は門口の空地に水を撒いて、小さな卓子と低い腰掛をそこに置いた。誰にもわかる。もう晩飯の時刻が来たのだ。
老人と男たちは腰掛の上にすわって無駄話をしながら大きな芭蕉団扇をゆらめかした。子供等は飛ぶが如くに馳け出した。ある者は烏臼木の下にしゃがんで賭けをして石コロを投げた。女は真黒な干葉と松花のような黄いろい御飯を持ち出した。熱気がもやもやと立上った。
文人の酒船は河中を通った。文豪は岸を眺め大に興じた。「苦労も知らず、心配も知らず、これこそ真に田家の楽しみじゃ!」
けれど文豪のこの話はいささか事実に背反している。彼は九斤老太の話をききのがしていたからだ。この時九斤老太は不平の真ッ最中であった。「わしは命あって七十九のきょうまで生き延びたが、あまり長生きをし過ぎた。わしは世帯くずしのこのざまを見たくはない。いっそ死んだ方が増しじゃ。もうじき御飯だというのに、また煎り豆を出して食べおるわい。これじゃ子供に食いつぶされてしまうわ」
彼の孫娘の六斤はちょうど、一掴みの煎り豆を握って真正面から馳け出して来たが、この様子を見て、すぐに河べりの方へ飛んで行き、烏臼木の後ろに蔵れて、小さな蝶々とんぼの頭を伸ばして「死にそこないの糞婆」と囃し立てた。
九斤老太は年の割に耳が敏かった。けれど今の子供の言葉はつい聴きのがした。そうしてなお独言を続けた。「ほんとにこんな風では代々落ち目になるばかりだ」