滝田哲太郎氏
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
滝田哲太郎は赤い顔をした肥満体の熱心な編集者であり、作家を煽動して執筆を促す独特の妙を備えている。大学在学中に初めて出会った著者は、十年にわたり公私ともに親密な交友関係を築く。滝田は文芸のみならず書画や骨董を愛し、自身の審美眼で優れた美術品を収集していた。本作は、著者が深い恩義を感じる滝田の編集者としての功績や、彼との思い出を通して、その情熱的な人柄を綴る回想録である。
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滝田君はいつも肥っていた。のみならずいつも赤い顔をしていた。夏目先生の滝田君を金太郎と呼ばれたのも当らぬことはない。しかしあの目の細い所などは寧ろ菊慈童にそっくりだった。
僕は大学に在学中、滝田君に初対面の挨拶をしてから、ざっと十年ばかりの間可也親密につき合っていた。滝田君に鮭鮓の御馳走になり、烈しい胃痙攣を起したこともある。又雲坪を論じ合った後、蘭竹を一幅貰ったこともある。実際あらゆる編輯者中、僕の最も懇意にしたのは正に滝田君に違いなかった。しかし僕はどういう訳か、未だ嘗て滝田君とお茶屋へ行ったことは一度もなかった。滝田君は恐らくは僕などは話せぬ人間と思っていたのであろう。
滝田君は熱心な編輯者だった。殊に作家を煽動して小説や戯曲を書かせることには独特の妙を具えていた。僕なども始終滝田君に僕の作品を褒められたり、或は又苦心の余になった先輩の作品を見せられたり、いろいろ鞭撻を受けた為にいつの間にかざっと百ばかりの短篇小説を書いてしまった。これは僕の滝田君に何よりも感謝したいと思うことである。
僕は又中央公論社から原稿料を前借する為に時々滝田君を煩わした。何でも始めに前借したのは十円前後の金だったであろう。僕はその金にも困った揚句、確か夜の八時頃に滝田君の旧宅を尋ねて行った。滝田君の旧居は西片町から菊坂へ下りる横町にあった。僕はこの家を尋ねたことは前後にたった一度しかない。が、未だに門内か庭かに何か白い草花の沢山咲いていたのを覚えている。
滝田君は本職の文芸の外にも書画や骨董を愛していた。僕は今人の作品の外にも、椿岳や雲坪の出来の善いものを幾つか滝田君に見せて貰った。勿論僕の見なかったものにもまだ逸品は多いであろう。が、僕の見た限りでは滝田コレクションは何と言っても今人の作品に優れていた。尤も僕の鑑賞眼は頗る滝田君には不評判だった。「どうも芥川さんの美術論は文学論ほど信用出来ないからなあ。」――滝田君はいつもこう言って僕のあき盲を嗤っていた。