下手の横好き
本文約2,500字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
麻布区新龍土町に住む著者は、近隣に住む画家の梅原龍三郎と将棋の対局を重ねる日々を送る。互いに譲らぬ棋力で盤上を競い合う様子を綴りながら、遊びを超えて生活の重圧を背負い戦う専門棋士の痛ましさを考察する。また、老いによる棋力の衰えと勝負への向き合い方について、名人制度の変遷を辿りつつ、将棋界における実力主義の是非や、引退した棋士の処遇という課題について独自の視点から論じる。
💰 この本を応援する(投げ銭)
=1=町内の好敵手
住み馴れてやがて三十年、今では僕も町内一二の古顏になつてしまつたが、麻布區新龍土町といふと、うしろに歩兵第三聯隊のモダアン兵營を控えた戸數六七十の一區劃だが、ロオマ法王使節館、土耳古公使館、佛蘭士大使館武官館以下西洋人の住宅が非常に多い外になかなか特色のある住人を持つてゐる。公爵、男爵、老政客、天文學博士、實業家など、藝苑では一時的に中村時藏や千葉早智子なども住んでゐたし、シロタやトドロヰッチ夫人のピアノ彈奏を立ち聽きした事もあるし、所謂見越の松風の淑女も幾人か住むといふやうな物靜かな屋敷町でもある。さういふ町内に僕の將棋の好敵手がゐる。改まつて紹介すれば、新美術院會員、國畫會總帥の梅原龍三郎畫伯その人だが、なアにお互に負けず嫌ひで相當意地つ張りでもある二人。將棋では何糞つと力み返つて遠慮なしに負かしたり負かされたりする事既に五六年にもならうか?
この夏もお互に旅先や何かで久しく顏を合せなかつた二人、さて新秋になると、向うは熱海で勉強して大に強くなつたと自信を持ち、僕は僕で名人决定戰の觀戰記を書き棋力に相當加ふるものありとうぬ惚れて、共に張り切つてゐるのだからたまらない。僕先づ出陣に及んで何と四勝一敗、すつかり得意になつてゐると、つい二三日前には口惜しさの腹癒やさんずと向うから來戰に及んで何と三敗一勝、物の見事に復讐されてしまつた。その度毎に明暗、悲喜こもごも至る二人の顏附たるやお察しに任せる次第だ。
「何だか長閑ね、平安朝みたい……」
と、いつだつたか僕の女房が言つた。
「何を?生意氣言ふな。」