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TORENDIA

春昼

本文約790字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

甲府のまちはずれに仮住まいする私は、四月十一日に家内と妹を連れて武田神社の桜を見に出かける。境内では信玄の命日と桜の満開時期が重なることの疑念を抱きつつ、一行は桜を見ながら各々が抱く連想や、花の香りについてとりとめのない会話を交わす。清らかな祭礼前日の静けさの中で過ごす、春の穏やかな昼下がりの光景を綴る。

太宰治

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🎧 春昼 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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四月十一日。

甲府のまちはずれに仮の住居をいとなみ、早く東京へ帰住したく、つとめていても、なかなかままにならず、もう、半年ちかく経ってしまった。けさは上天気ゆえ、家内と妹を連れて、武田神社へ、桜を見に行く。母をも誘ったのであるが、母は、おなかの工合い悪く留守。武田神社は、武田信玄を祭ってあって、毎年、四月十二日に大祭があり、そのころには、ちょうど境内の桜が満開なのである。四月十二日は、信玄が生れた日だとか、死んだ日だとか、家内も妹も仔細らしく説明して呉れるのだが、私には、それが怪しく思われる。サクラの満開の日と、生れた日と、こんなにピッタリ合うなんて、なんだか、怪しい。話がうますぎると思う。神主さんの、からくりではないかとさえ、疑いたくなるのである。

桜は、こぼれるように咲いていた。

「散らず、散らずみ。」

「いや、散りず、散りずみ。」

「ちがいます。散りみ、散り、みず。」

みんな笑った。

お祭りのまえの日、というものは、清潔で若々しく、しんと緊張していていいものだ。境内は、塵一つとどめず掃き清められていた。

「展覧会の招待日みたいだ。きょう来て、いいことをしたね。」

「あたし、桜を見ていると、蛙の卵の、あのかたまりを思い出して、――」家内は、無風流である。

「それは、いけないね。くるしいだろうね。」

「ええ、とても。困ってしまうの。なるべく思い出さないようにしているのですけれど。いちど、でも、あの卵のかたまりを見ちゃったので、――離れないの。」

「僕は、食塩の山を思い出すのだが。」これも、あまり風流とは、言えない。

「蛙の卵よりは、いいのね。」妹が意見を述べる。「あたしは、真白い半紙を思い出す。だって、桜には、においがちっとも無いのだもの。」

においが有るか無いか、立ちどまって、ちょっと静かにしていたら、においより先に、あぶの羽音が聞えて来た。

蜜蜂の羽音かも知れない。

四月十一日の春昼。

完

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