わが半生を語る
本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
金持ちの家に末っ子として生まれ、幼少期より強い劣等感と恐怖感を抱えて育った著者が、自身の半生を回顧する。他人とうまく話せない弱さと、世間から変人扱いされることへの鬱屈、そして文学を志した動機を語る。昭和十年頃から始まった文壇生活や、敬愛する作家たちへの思いを交えつつ、キリストの教えに対する独自の解釈や酒に溺れる貧しい生活の現状、そして未来に対する自信の持てない不安な心境を綴る。
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生い立ちと環境
私は田舎のいわゆる金持ちと云われる家に生れました。たくさんの兄や姉がありまして、その末ッ子として、まず何不自由なく育ちました。その為に世間知らずの非常なはにかみやになって終いました。この私のはにかみが何か他人からみると自分がそれを誇っているように見られやしないかと気にしています。
私は殆ど他人には満足に口もきけないほどの弱い性格で、従って生活力も零に近いと自覚して、幼少より今迄すごして来ました。ですから私はむしろ厭世主義といってもいいようなもので、余り生きることに張合いを感じない。ただもう一刻も早くこの生活の恐怖から逃げ出したい。この世の中からおさらばしたいというようなことばかり、子供の頃から考えている質でした。
こういう私の性格が私を文学に志さしめた動機となったと云えるでしょう。育った家庭とか肉親とか或いは故郷という概念、そういうものがひどく抜き難く根ざしているような気がします。
私は自分の作品の中で、私の生れた家を自慢しているように思われるかも知れませんが、かえって、まだ自分の家の事実の大きさよりも更に遠慮して、殆どそれは半分、いや、もっとはにかんで語っている程です。
一事が万事、なにかいつも自分がそのために人から非難せられ、仇敵視されているような、そういう恐怖感がいつも自分につきまとって居ります。そのためにわざと、最下等の生活をしてみせたり、或いはどんな汚いことにでも平気になろうと心がけたけれども、しかしまさか私は縄の帯は締められない。
それが人はやはりどこか私を思い上っていると思う第一の原因になっているようであります。けれども私に言わせれば、それが私の弱さの一番の原因なので、そのために自分の身につけているもの全部をほうり出して差上げたいような思いをしたことが幾度あったかしれません。
例えば恋愛にしても、私だってそれは女から好意を寄せられることはたまにはありますけれども、自分がそんな金持ちの子供に生れたという点で女に好意をもたれているに過ぎないというように、人から思われるのが嫌で、恋愛をさえ幾度となく自分で断念したこともあります。