真理を求めて
本文約600字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
ロマン・ロランが第一次世界大戦の最中に著した『戦いを超えて』を引用し、戦争の原因と真理を追求する姿勢について論じる。自ら真理を所有していると称する者たちによって戦争が起こされると説き、盲目的に流されるのではなく、あえて危険の中に踏み込む勇気こそが真の平和につながるのだと説く。真理を求め続ける心の重要性を訴え、孤独の中で理想を追求したロランの言葉を通して、困難な状況下での勇気ある行動の意義を綴る。
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ロマン・ロランは第一次大戦にあたって彼の「戦いを超えて」の中で次のようにいっている。
「真理を求めようとはしないで、それを所有していると称するものと議論することは不可能である。ドイツが日の光りに対して防御壁をつくっている自信の厚い壁を破ることは、今のところ、いかなる精神の力にとっても可能ではない。」
ドイツの多くの哲学者が、すべて背骨を失って、戦の中に巻きこまれたあのとき、そして、フランスの好戦論にこびたあのとき、ロランはひとりスイスに逃れて、痛切な孤独の中に吐いたのがこの言葉である。真理を求めようとしないで、それを所有していると称する者たちの間でのみ戦争は巻き起こされるのである。
真理が何であるかを、ひたすら求め抜く心が、地球に拡がるときにのみ、人々の上に美しい平和がくるのである。
そして、それは醜いことだろうか。決してそうではない。
それは卑きょうなことだろうか。否、決してそうではない。
それは弱いもののできることだろうか。否、その反対である。
子供たちが、手離しで自転車を走らせてあそぶ遊びが外国にはある。
その中の一人の子供が、たまりかねてハンドルに手をかけると、皆で、
「卑きょう者!」
と呼ぶ。そして車はなおも狂って走るのである。
しかし、ほんとうは、あえて、このハンドルに手を出す子供が「勇気があるもの」であり、手を出さない子供たちが、むしろ、ほんとうは卑きょう者なのである。
*『中国新聞』一九五一年八月
完