馬鈴薯からトマト迄
本文約5,500字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
一九一五年、戦火を逃れ北仏リアンクウルの町へ身を寄せた著者は、空き家の庭で野菜作りを始める。初めて触れる土いじりを通じ、自然の創造力と、学問とは異なる生活の知恵に深い驚異を覚える。その後移住したドム町でも、老農夫や家主の夫人から農業技術を学び、自然と対話する日々を送る。本書は、五年間の百姓生活で得た知識と感動を綴り、自然という無尽蔵の図書館から学び続ける歓びと、その不可思議な神秘を論じる。
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自然ほど良い教育者はない。ルソオが自然に帰れと言ふた語の中には限り無く深い意味が味はれる。自然は良い教育者であると同時に、又無尽蔵の図書館である。自然の中に書かれた事実ほど多種多様にして、而も明瞭精確な記録はあるまい。音楽が人間の美魂の直射的表現である点に於て、諸他の芸術に勝る如く、自然の芸術ほど原始的にして直射的な美神の表現は他に存在しない。自然は良教育者にして、大芸術家にして、又、智識の包蔵者である。
こんな風に、五六年間仏蘭西で百姓した後、こんな風に感ぜられて、私はうれしかつた。
実際、百姓をし始めて、自分の無智に驚いた時ほど、私は自分の学問の無価値を痛感したことは無い。学校の先生の口を通じて聞いた智識、書斎の学者のペンを通じて読んだ理論、其れが絶対に無価値だとは勿論言へないが、併し私達の生活には余り効能の多くないものである。殊に平生室内にばかり引込み勝ちであつた私は、自然に対して無智、無感興であつたことに驚かされたのである。
◇
一九一五年二月、私は独逸軍占領のブルツセル市を脱け出して、和蘭の国境を超へ、英国に渡り、更に海峡を過つて仏蘭西に落ち延びた。そして北仏の戦線に近い、リアンクウルと言ふ小さな町に細い命を継いで行くことになつた。
暫らくする内に、社会主義者中の一部に、講和論が起つて来た。そして又、誰言ふと無く、革命が起るかも知れない、といふ噂が伝へられた。