百姓日記
本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
欧州で数年間の百姓生活を送った著者が、自身の体験に基づき農耕の知恵を綴る。失敗談を交えつつ、種蒔きの勘所や自然の兆候から気象を読み解く術、農作物の栽培技術などを記す。自然と一体となって生きる百姓の直覚的な判断力を重視し、現代的な農学知識や教育がもたらす弊害への疑念を呈しつつ、大地の恵みと農作業の歓喜を描き出す。本書は、自給自足の営みを通じた自然との対話と、農耕という創造的な芸術のあり方を論じる。
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私の農事実験所
欧羅巴に漂浪のみぎり、私は五六年の間、仏蘭西で百姓生活を営んで来た。馬鈴薯が枝に実ると思つた程無智な素人が、トマト、オニオン、メロン、コルフラワアから、人蔘、カブラ、イチゴ、茄子、隠元、南瓜まで、立派に模範的に作れる様になつた。果樹の栽培もやつた。葡萄酒も造つた。林檎酒も造つた。町の人々が来て、私の畠を、農事試験場の様だと評したほど種々なものを試みた。米も、落花生も作つて見たが、之は全然失敗に終つた。
労働も可なり激しかつた。殊に夏は、最も繁激な時期である。朝四時から夜の十二時まで働き通すことが屡々あつた。収穫から、罎詰、殺菌まで一日の間に成し終らねばならぬ物になると、どうしても斯うならざるを得ないのである。其代り、斯うして青い物を保存して置くと、真冬の間でも、新鮮な青物を常に食膳に載せることが出来る。主として菜食主義の生活をするものには、之は必要欠く可からざる仕事であつた。
先づ、こんな風にして、兎に角、五六年の間、殆んど自給自足の生活を送つて来た。此百姓生活の日々の出来事を朦朧たる記憶を辿つて書いて見やうと言ふのだが……。諸君如何でしやう? 少しは面白そうでしやうか。何かの為になるでしやうか。兎に角、一回見本を出して、果して此狭い紙面に割込ますだけの価値があるかどうか、伺ひをたてる事に致します。
種まき
馬鈴薯が枝に成るものと思つた失敗談は、『我等』に書き、拙著『非進化論と人生』にも載せたから、此処には省略する。
種の蒔きかた。是はぞうさなさそうで、仲々六ヶしいもの。大豆、小豆、隠元の様なものは難かしいことも無いが、細かい種、殊に人蔘の種蒔は、ちよと六ヶしい、仏蘭西で某る農学校の校長さんが、「人蔘の種蒔は、此学校の先生よりは、隣りの畠の婆さんの方がよつぽど上手です」と歎息した話を聞いたが、其通りだ。