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TORENDIA

演劇漫話

本文約7,900字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

西洋劇の影響を受け現代の思潮を根底に持つ演劇運動である新劇に対し、現状の舞台芸術における俳優の能力不足や、旧来の様式から脱却できない現状を分析する。演劇の本質を発揮するべく演劇そのものの美を追求し、眼で聴き耳で観るような本来の芸術性を説く。さらに、創作上の機械的な劇作家と真の劇作家の区別を論じ、日本で低く見られがちな喜劇の価値を再評価し、正しい鑑賞態度と新たな作品の出現を促す。

岸田國士

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一、新劇と旧劇

現今、芝居好きと称する人のうちで、旧劇はつまらないと云つて見に行かない人もあるでせう。しかし、それは極少数の「新しがり」に限られてゐると云つてよろしい。之に反して、新劇は見るに堪へないと公言して憚らない人のうちには、相当、見識のある芸術愛好者が、可なり多くあることは事実です。

旧劇は一概につまらないと云ふ側の人々は、旧劇には優れた文学が無いからといふ理由を挙げるでせう。しかし、旧劇は、今日ではもう立派に文学の羈絆を脱してゐる完成品です。たゞ、旧劇俳優のうちには、その旧劇独自の存在理由に着眼せず、徒らに、「旧劇の文学」に心酔して自己の世界を狭め、自己の芸術を低調ならしめてゐる自称新人の多いことは遺憾であります、従つて、之等の旧劇界の新人等は、たまたま新劇に手を染るに当つても殆ど常に、最も旧劇的な新劇、云ひ換へれば常識的感情を基調とする作品にのみ向はうとする愚かさを繰返してゐます。

新劇は見るに堪へないといふ連中は、新劇にとつて、必ずしも敵でありません。なぜなら、彼等のうちには、「よりよき新劇」の出現を待ち望んでゐる人もあるでせうから。殊に、今日、新劇団と称する如何はしい蜉蝣的存在を無視することは、決して、新劇そのものを無視することにはならないからです。

新劇とは、云ふまでもなく、西洋劇の影響を受け、現代文学の思潮を根柢とする演劇運動を指してゐます。

戯曲の方面では、最近、相当目星い作品を生んでゐますが、舞台的には、まだ新劇を演じるために必要な才能と教養とを兼ね備へた俳優がゐません。従つて、大部分は素人です。その上、彼等には、御手本がない。先生がない。絶えず同じことを繰り返してゐて進歩しないのも無理はありません。

二、新劇と云へないもの

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