心機妙変を論ず
本文約5,300字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
文覚という人物の心の転換を論じる評論である。傲慢で破天荒な気質を持つ彼が、自らの迷執から引き起こしたある過ちを機に、いかにして深い懺悔と覚醒へ至ったかを考察する。人間が持つ神性と人間性の相克、そして悪の中に宿る善や善の中に潜む悪という複雑な構造を紐解きながら、一瞬の閃光のような心機妙変こそが、彼のその後の人生を決定づけ、荒法師を仏道へと導くに至ったその魂の軌跡を詳細に解き明かす。
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哲学必ずしも人生の秘奥を貫徹せず、何ぞ況んや善悪正邪の俗論をや。秘奥の潜むところ、幽邃なる道眼の観識を待ちて無言の冥契を以て、或は看破し得るところもあるべし、然れども我は信ぜず、何者と雖この「秘奥」の淵に臨みて其至奥に沈める宝珠を探り得んとは。
むかし文覚と称する一傲客、しばしが程この俗界を騒がせたり。彼は凡ての預言者的人物の如く生涯真知己を得ることなく、傲逸不遜磊落奇偉の一人物として、幾百年の後までも人に謳はれながら、一の批評家ありて其至真を看破し、思想界に紹介するものもなく今日に及びぬ。時なるかな、今年の文学界漸く森厳になりて、幾多思想上の英雄墳墓を出て中空に濶歩する好時機と共に、渠も亦た高峻なる批評家天知子の威筆に捕はれて、明治の思想界に紹介せられたり。
天知君は文覚の知己なり、我は天知君をして文覚と手を携へて遊ばしむるを楽しむ、暗中禅坐する時、彼の怪僧天知君を訪らひ来て、豪談一夜遂に君を起して彼の木像を世に顕はさしむるに至りたるを羨まず。わが所望は一あり、渠が知己としてにあらず、渠が朋友としてにあらず、渠が裡面の傍観者として、渠の心機一転の模様を論ずるの栄を得む。
蓮池に臨みて蓮蕾の破るゝを見るは、人の難しとするところなり。蓮華何の精あるかを知らず、俗物の見るを厭ふて幾多の見物人を失望せしむること多しと聞く。暁鴉に先ちて寝床を出で、池頭に立ちて蓮女第一回の新粧を拝せんとするの志あるもの、既に俗物を以て指目するに忍びず、然れども佳人何すれぞ無情なる、往々にして是等の風流客を追ひ回へすことあるは。人間界の心池の中に霊活なる動物の、心機妙転の瞬時の変化も、或は蓮花開発に似たるところあり。
風静かに気沈み万籟黙寂たるの時に、急卒一響、神装を凝らして眼前に亢立するは蓮仙なり、何の促すところなく、何の襲ふところなく、悠然泥上に佇立する花蕾の、一瞬時に化躰して神韻高趣の佳人となるは、驚奇なり、然り驚奇なり、極めて普通なる驚奇なり、もし花なく変化なきの国あらば、之を絶代の奇事と曰はむ。絶代の奇事にして奇事ならざるもの、自然の妙力が世眼に慣れて悟性を鈍くしたるの結果とや言はむ。