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TORENDIA

沼辺より

本文約12,900字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

鬼涙沼のほとりで暮らす男は、借金取りの伯五郎に追われ、水車小屋での過酷な労働に明け暮れる日々を送る。小屋を激しく振動させて作業を続けることで、債権者の追及をやり過ごす奇妙な生活の中で、彼は仲間の雪太郎やお雪と共に、過酷な現実に抗いながら人間らしい生活の場を求めて模索する。物語は、執拗な取り立てにさらされながらも、水車を動かし続ける男の姿と、閉塞した環境の中で繰り広げられる人間模様を描く。

牧野信一

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こんな沼には名前などは無いのかと思つてゐたところが、このごろになつてこれが鬼涙沼といふのだといふことを知つた。明るい櫟林にとり囲まれた擂鉢形の底に円く蒼い水を湛へてゐる。やはり噴火口の痕跡なのであらう。

土筆、ぜんまひ、ツバナ、蕨などの芽がわずかに伸びかかつた沼のほとりの草の上は羽根蒲団のやうで、僕はいつも採集道具を携へて来るのだが、ついぐつすりと寝込んでしまふのだ。例の浮遊生物の実験を続けようとしてゐるのだが、念願とするアミーバが容易に発見し難いので索然としてしまつたのだ。それにやつと此処まで逃げ伸びて来たかと思ふと一途に気力がくぢけてしまつて、本を読む気も起らず鞄を枕にすると貪るやうに眠つてしまふのだ。怖ろしい伯五郎の姿が今にも此処に現はれはしないかと、そのことばかりびくびくして幾度夢の中で悲鳴を挙げて飛び起きるか計り知れやしない。そんな夢で更に疲れてうなされながら眠りつづけるのだ。採集も読書もあつたものぢやない。しばらくの沼のほとりの安息を貪るばかりである。伯五郎と挌闘を演じて沼の中へ投げ込まれる場合や、沼のまはりを競馬のやうに追跡される光景に汗を流しながら、しかし僕はぐつすりと眠りつづけるのだ。

なにしろ僕等は毎朝三時から四時までの間に飛び起きて息を衝く予猶もなく米搗きの労働に従事するのだから。

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