舞踏会余話
本文約9,600字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
山奥で働く滝とタイピストのNは、祝宴を控えた森の小屋で二人だけの食卓を準備する。芝居の空砲係を頼まれた滝は、自分の臆病な振る舞いに恥じらいを覚えつつも、Nと互いにピストルを向け合う遊びを通して奇妙な罪の意識を共有する。やがて祝宴の歓声が響く中、小屋を訪れた提灯の明かりを合図に、二人は言葉にできない感情に突き動かされながら、不可解で激しい痙攣のような共鳴を経験する。その後、二人は離れ離れになるまでの日々を過ごす。
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川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。――月のはじめに、月毎に催される盛大な祝宴です。一ト月の間で流れをせきとめるほど川ふちに溜る製材の破片を広場の中央に塚ほどに積みあげて四方から火を放ちます。そして山ぢゆうの男達が車座になつて遠まきにこれを囲んで深更に至るまで、飲め、歌へ、踊れよ踊れ! といふ大乱痴気の限りを尽すのです。――空さへ晴れてゐれば冬の真夜中であつても夏とも変りなく開かれますが、これは、もう峠の頂きに立つて国境ひの山々などを見渡すと霞みが低く濛つと煙るやうに棚曳いてゐた春になつてからのことです。あたりの森林帯もすつかり春めいて彼方此方の炭焼小屋から立ち昇る煙りまでが見るからに長閑らしく梢の間を消えてゆきます。
午からの仕事が休みだつたので滝とNは、森を脱けて峠の野原まで花摘みに出掛けたのです。今夜は小屋の者は、男は悉く祝宴に列席するので、それにはNのコツクも加はることになつてゐたので滝は、たつた独りにならなければならないNのために小屋に止まつて二人だけの食卓を用意することにしたのです。宴会が半ば過ぎにならないと何処の女も其処へ出ることは許されないといふ風習があるやうでした。女達は夫々の小屋のうちでさゝやかな祭りを済せた後に、野の宴会の見物に出掛けるのです。だからNは、自分等の食卓を山の神様のために野花で飾らうと云つたのでした。
「斯んな風に打たなければならないんだが、容易いやうでこれで容易に呼吸が合ふやうに二つ続け打ちに鳴すのは六ヶ敷しいよ。」
「舞台裏でやるんだから関はないのでせうが、何うしてS――はそんなに神経質なんでせう、S――のその様子を見れば誰だつて笑はずには居られないでせうよ……危くないことが解つてゐるのに何故そんなに眼をつむつたりするの?」
「舞台裏? それを一つ探さなければなるまい、この打ち手は何うしても見物人には見せられない。」