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TORENDIA

小豆島

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

小豆島の寒霞渓を抱える農村で、一日中働く家族の姿と、彼らが直面する厳しい生活実態を綴る。遊覧客で賑わう観光地としての華やかさとは裏腹に、食うや食わずの暮らしを強いられる自作農の窮状を、著者の父の経験を通し描く。地主や資本家による搾取の構造に対し、社会主義的な展望を抱きながらも、ただ器械のように労働を続ける父の姿と、厳しい現実を六十年の経験から洞察する彼らの日常を写し出す。

黒島傳治

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🎧 小豆島 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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用事があって、急に小豆島へ帰った。

小豆島と云えば、寒霞渓のあるところだ。秋になると都会の各地から遊覧客がやって来る。僕が帰った時もまだやって来ていた。

百姓は、稲を刈り、麦を蒔きながら、自動車をとばし、又は、ぞろ/\群り歩いて行く客を見ている。儲けるのは大阪商船と、宿屋や小商人だけである。寒霞渓がいゝとか「天下の名勝」だとか云って宣伝するのも、主に儲けをする彼等である。百姓には、寒霞渓が、なに美しくあるものか! 「天下の名勝」もへちまもあったものじゃない。彼等は年百年中働くばかりである。食う物を作りながら、常に食うや食わずの生活をしている。

僕の親爺は百姓である。もう齢、六十にあまって、なお毎日、耕したり、肥桶をかついだりである。寒い日には、親爺の鼻さきには水ばなのしずくが止まっている。時々それがぽとりと落ちる。

帰って、──いつも家へ着くのは晩だが、その翌朝、先ず第一に驚くことは、朝起きるのが早いことである。五時頃、まだ戸外は暗いのに、もう起きている。幼い妹なども起される。──麦飯の温いやつが出来ているのだ。僕も皆について起きる。そうすると、日の長いこと。十一月末の昼の短い時でも、晩が来るのがなか/\待遠しい。晩には夜なべに、大根を切ったり、屑芋をきざんだりする。このあいだ、昼間があまり忙しいので、夜なべに蕎麦をこなしたのだと母は話している。

祖父も百姓だった。その祖父も、その前の祖父も百姓だったらしい。その間、時には、田畑を売ったこともあり、また買ったこともあるようだ。家を焼かれてひどく困ったこともあるし、山を殆んど皆な売ってしまったこともある。金廻りの良かった時には、鰯網に手を出したこともある。が昔から自作農であったことに変りはない。祖父は商売気があって、いろ/\なことに手を出して儲けようとしたらしいが、勿論、地主などに成れっこはなかった。

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