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TORENDIA

放浪記(初出)

本文約101,300字 ・ 読了時間 約203分

あらすじ(AIが作成しました)

各地を転々としながら懸命に生きる語り手は、カフェーで女給として働き、住み込みの過酷な環境や孤独に苛まれながらも、心の中で文筆への情熱を燃やし続ける。周囲の人々との交流や苦難の中で、生活の糧を得るための日々に悩み、時に故郷の母を想い、時に人生への希望や失望を感じながら、それでも未来を見つめて力強く生きていく姿を描く物語である。

林芙美子

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秋が来たんだ

十月×日

一尺四方の四角な天窓を眺めて、始めて紫色に澄んだ空を見た。

秋が来たんだ。コック部屋で御飯を食べながら私は遠い田舎の秋をどんなにか恋しく懐しく思った。

秋はいゝな……。

今日も一人の女が来た。マシマロのように白っぽい一寸面白そうな女。厭になってしまう、なぜか人が恋いしい。

そのくせ、どの客の顔も一つの商品に見えて、どの客の顔も疲れている。なんでもいゝ私は雑誌を読む真似をして、じっと色んな事を考えていた。やり切れない。

なんとかしなくては、全く自分で自分を朽ちさせてしまうようだ。

十月×日

広い食堂の中を片づけてしまって始めて自分の体になったような気がする。真実に何か書きたい。それは毎日毎晩思いながら、考えながら、部屋へ帰るんだが、一日中立っているので疲れて夢も見ずに寝てしまう。

淋しいなあ。ほんとにつまらないなあ……。住込は辛い。その内通いにするように部屋を探そうと思うが、何分出る事も出来ない。

夜、寝てしまうのがおしくて、暗い部屋の中でじっと目を開けていると、溝の処だろう、チロチロ……虫が鳴いている。

冷い涙が不甲斐なく流れて、泣くまいと思ってもせぐりあげる涙をどうする事も出来ない。何とかしなくてはと思いながら、古い蚊帳の中に、樺太の女や、金沢の女達三人枕を並べているのが、何だか店に晒らされた茄子のようで佗しい。

「虫が鳴いてるよう……。」

そっと私が隣のお秋さんにつぶやくと、

「ほんとにこんな晩は酒でも呑んで寝たいね。」

梯子段の下に枕をしていた、お俊さんまでが、

「へん、あの人でも思い出したかい……。」

皆淋しいお山の閑古鳥。

何か書きたい。何か読みたい。ひやひやとした風が蚊帳の裾を吹く、十二時だ。

十月×日

少しばかりのお小遣いが貯ったので、久し振りに日本髪に結う。

日本髪はいゝな、キリヽと元結いを締めてもらうと眉毛が引きしまって、たっぷりと水を含ませた鬢出しで前髪をかき上げると、ふっさりと額に垂れて、違った人のように美しくなる。

鏡に色目をつかったって、鏡が惚れてくれるばかり。日本髪は女らしいね、こんなに綺麗に髪が結べた日にゃあ、何処かい行きたい。汽車に乗って遠くい遠くい行きたい。

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