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TORENDIA

新しき声

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

島崎藤村の詩集『若菜集』を論じる。本書が持つ素直で自由な格調と美しい楽音は、当時の文壇に鮮やかな新風を吹き込んだ。また、その詩世界に多大な影響を与えた北村透谷について触れ、独創的な天地を希求しながらも新様式の確立に苦悶した先駆者としての足跡を綴る。後に浅間山の麓へ移り、知的で静寂な境地へ向かった藤村の詩風の変遷と、散文へと転向するまでの過程を解説する批評である。

蒲原有明

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🎧 新しき声 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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(一)

同時代に生れ出た詩集の、一は盛へ他は忘れ去られた。「若菜集」と「抒情詩」。「若菜集」は忽ちにして版を重ねたが、「抒情詩」は花の如く開いて音もなく落ちて了つた。

島崎氏の「若菜集」がいかに若々しい姿のうちに烈しい情※[#「執/れんが」、399-上-7]をこめてゐたかは、今更ここに言ふを須ゐないことではあるが、その撓み易き句法、素直に自由な格調、從つてこれは今迄に類のなかつた新聲である。予がはじめて「若菜集」を手にしたをりの感情は言ふに言はれぬ歡喜であつた。予が胸は胡蝶の翅の如く顫へた。島崎氏の用ゐられた言葉は决して撰り好みをした珍奇の言葉ではなかつたので、一々に拾ひ上げて見れば寧ろその尋常なるに驚かるゝばかりであるが、それが却て未だ曾て耳にした例のない美しい樂音を響かせて、その音調の文は春の野に立つ遊絲の微かな影を心の空に搖がすのである。眞の歌である。島崎氏の歌は森の中にこもる鳥の歌、その玲瓏の囀は瑞樹の木末まで流れわたつて、若葉の一つ一つを緑の聲に活かさずば止まなかつた。かくして「若菜集」の世にもてはやされたのは當然の理である。

人々はこのめづらしき新聲に魅せらるゝ如くであつた。予も亦魅せられて遂に悔ゆるの期なきをよろこぶのである。新しきは古びるといふ。ない世の言い慣はしだ。ない世の信念だ。古びるが故に新しきは未だ眞正に新しきものではない。世に珍奇なるものは歳月の經過と共にその刺撃性を失ふこともあらうが、眞正に新しきものはとこしへに新しきもののいつも變らぬ象徴であらねばならぬ。島崎氏の出したる新聲は時代の酸化作用に變質を來さぬものであることは疑ひを容れないのである。

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