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TORENDIA

逃げたい心

本文約18,300字 ・ 読了時間 約37分

あらすじ(AIが作成しました)

地方の豪農でありながら無気力に日々を過ごす蒲原龍彦は、埋もれた市井人の歴史を記そうと書斎に籠もるが、作業は停頓し続けている。ある初夏、先妻との子である魚則が突然失踪し、家族が探索に追われる事態となる。魚則の発見後、一行は静養のために温泉地を目指すこととなるが、蒲原は山中を彷徨い、あてもなく遠くへ逃げ去りたいという強い孤独感や哀愁を抱きながら、暗闇の中を彷徨い歩く様子を描く。

坂口安吾

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一

蒲原氏は四十七歳になつてゐた。蒲原家は地方の豪農で、もとより金にこまる身分ではなかつたが、それにしても蒲原氏のやうに、四十七といふ年になるまで働いて金をもらつた例がなく、事業や政治に顔を出した例もなく、かういふ身分の人々にありがちな名誉職にたづさはつた例もないといふ人は珍しいに相違なかつた。蒲原龍彦の名前は門札のほかに存在しないやうなものだつた。

勿論働かないことをもつて一生の主義とするといふやうな尤もらしい主張があつたわけではなく、むしろあべこべに、元来主張するところのものを何一つ持てないほど無気力で弱気で、そのうへ生活の金には全然こと欠かないところから、ずるずるべつたり四十七年ぼんやり暮したわけであつた。平凡無難といへばこの人ほど平凡無難な金持もないわけで、類ひのないほど人が好かつた。

蒲原氏の顔を描くには、まづ福々しい一つの円を想像し、そこへ小粒な、然しこれもまるまるとした目鼻口をちよぼ/\と落すだけでいいのであつた。したがつて胴も手頸も赤子のやうにまるまるとして、ちやうど呑気な、至つて無邪気な、象の子供のやうであつた。

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