都会の中の孤島
本文約13,000字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
東京の飲食店で働くミヤ子は、新聞も読まず自身の生活圏を孤島のように閉ざして暮らしている。彼女は複数の情夫を金で支配し、結婚を望む男たちに対し、互いの邪魔者を排除するよう仕向ける。本作は、都会の真ん中で個人的な利害や愛憎を抱える人々が、相互に無関心かつ孤立した環境に身を置き、アナタハン島の事件のように、お互いの存在を脅かし合いながら日常を送る様を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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アナタハン島の悲劇はむろん戦争がなければ起らなかった。第一たがいに顔を知り合うこともなく、それぞれが相互に無関係の一生を送ったであろう。
しかし、アナタハンのような事件そのものは、戦争がなければ起り得ない性質のものではない。
一人の女をめぐって殺し合うのは、山奥の飯場のようなアナタハンに外見の似た土地柄でなくとも、都会の中でもザラにありうることだ。
アナタハンには法律も刑事も存在しなかったから、各人の心理は我々とちがって開放的で、そこにおのずから差があった筈だと見るのもうがちすぎているようだ。
三十人もの集団生活になれば、そこには自然に法律が生れる。お互いの目が、それである。むしろ、三十人といえば、各個人生活のサークル内の人員としては多すぎるぐらいのもので、一般に、我々のサヤ当ての背後に三十人もの目を感じることはなく、せいぜい数人ぐらいというのが都会生活に於てすらも普通であろう。
都会の真ン中にだって、孤島の中のように生活している人はタクサンいるものだ。彼や彼女らは、電車やバスなどに乗って勤めにでたり買物にでたりすることはあるが、それはヨソ行きの生活で、その個人生活は全く孤島の中のように暮している人は少くはない。
そういう一人の例として、たとえばこの物語の女主人公のミヤ子(彼女の孤島的な生活圏内に於てはミヤ公とよばれている)をとりあげてみよう。
彼女は東京の目貫き通りの一隅の一パイ飲み屋の女中であるが、新聞なぞは読んだことがない。彼女が目をさますのは正午ちかいころで、夕刊の第一版がそろそろではじめる時分であるから、自然朝刊はすでに古新聞で、彼女の生活は時間的に新聞とずれてもいるが、彼女が新聞を読まない理由はそのせいではなくて、単に興味がないせいだ。
新聞を読んでも自分に関係のある記事がでている筈はなく、そんなものを毎日キチンキチン読まないと生きてる気がしないような人々の生活の方が、彼女にとってはフシギに思われるぐらいであった。
新聞には彼女に関係のある記事がでる筈がないから、といま述べたけれども、彼女の場合に於ては実は案外そうではないかも知れぬ。