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TORENDIA

神経衰弱的野球美学論

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

東大の神経科に入院中の著者は、主治医の配慮により二週間ほど後楽園へ野球見物に通う。視覚の不調や神経衰弱により試合そのものを楽しむ余裕はなかったが、砂煙の多さや選手のユニフォーム、道具の扱いに抱いた違和感、審判への態度、球場の運営方針など、観戦を通じて感じたプロ野球への率直な批判や提案を綴る。精神病院での生活と比較しつつ、当時の野球の在り方について独自の美学を論じる。

坂口安吾

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このほど東大の神経科へ入院したおかげでいくらか病気がよくなってからの二週間ほどたいがい後楽園へ通った。

科長の内村裕之先生は往年の大投手であり今日でも野球ジャーナリズムの第一人者であるから、廻診の折、もう君、そろそろ、後楽園へ野球でも見物に行きたまえ、その方が気晴らしになる、とアッサリ先方から意外の外出を許された時は、僕も嬉しかったが、実は内々不安でもあった。実を申すと、まだ歩行がさのみ充分とは申されない。自動車、電車の往来がひどく気にかゝる。内村先生は一週一回の廻診であるから、僕の体力を外見から判断されてアッサリ野球見物をすすめて下さったわけだが、担当の千谷外来長は毎日回診して外見以上のことを熟知していられるから、僕がさっそく科長の言葉をタテにとり、じゃア後楽園へ行ってきます、と云うと、イケマセン、とも申すわけに参らず、ちょッと、悲しそうな顔をなさって、長く見てちゃア、いけませんよ、すこしだけ見て、帰ってらッしゃい、と仰有った始末であった。

千谷先生と申すのが、これ又、往年、梶原千谷というバッテリーで、一高から帝大にならした捕手、僕も大きい方だが、千谷さんはもう二廻りぐらい大きく、僕はグランドの勇姿を見なかったが、守備よりも打撃に秀で、四番を打った好打者だったそうである。妙に野球に縁のある入院であった。

東大神経科の野球チームは内村投手、千谷捕手という凄いバッテリーであるが、実のところは、各科の対抗で最も弱い方のチームだそうである。年齢には勝てない。打つ、投げる、はまだいゝのですが、走る方がもうダメですと、千谷先生は嘆いていたが、まさに同感、僕らの年齢になると、ホームランを打っても、せいぜい二塁で息がつづかず、休息ということになり、その疲労で一度にグッタリしてしまう。

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