雪間
本文約11,700字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
箱根の別荘で伊沢は、笠原忠兵衛の妻・安芸子と滋野光雄が密会している現場に遭遇する。後日、伊沢は笠原から、滋野の交通事故についての不可解な経緯を聞かされる。安芸子は、羞明という持病を持つ滋野が、ゴルフ場でサングラスを紛失した際、夫の笠原がそれを密かに隠し、雪の残る晴れた日に運転を誘い出して事故を仕組んだのではないかと伊沢に語る。本作は、箱根の霧の夜の出来事と、事故をめぐる安芸子の不穏な推察と真相を描く。
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一
宮ノ下のホテルを出たときは薄月が出ていたが、秋の箱根の天気癖で、五分もたたないうちに霧がかかってきた。笠原の別荘の門を入ると、むこうのケースメントの硝子の面に夜明けのような空明りがうつり、沈んだ陰鬱な調子をつけている。急に冷えてきたとみえて、霧の粒が大きくなり、いつの間にか服がしっとりと湿っている。
うねうねと盛りあがった赤針樅の根這いにつまずきながら玄関のほうに行こうとすると、木繁みの間からほのかに洩れだす外灯の光の下で、笠原の細君の安芸子と滋野光雄が向きあって立っているのが見えた。
二尺ほどの間隔をおいて向きあっているが、それはただそうしているというのではなく、激情をひそめた静の姿勢だと思われる。そういった切迫したようすがある。
「これは弱った」
伊沢ほどの齢になると、他人の情事を隙見させてもらっても、かくべつ啓発されるようなことはない。することがあるなら、なんでもいいから早くすましてしまえとジリジリしていると、滋野の手がそろそろと伸びだし、なんともいえないやさしいようすで安芸子の肩に触れた。
「はじまった」
伊沢は舌打ちをしながら額に手をあてた。
ねがえるなら、あまりひどい光景にならないようにと念じているうちに、こんどは安芸子の手があがって行き、滋野の胸のあたりを撫でるようにしながら、なにかささやいた。
伊沢の耳には、とうとう、あなたも……と聞えた。
模糊とした霧の渦の中で、二人の影が動いたような気がした。たぶん、なにか新しい発展をするのではないかと恐れているうちに、風が出て霧が流れ、また情事の舞台があらわれだしたが、霧に濡れた下草がそよいでいるばかりで二人のすがたはもうそこにはなかった。
昼すぎホテルから電話をかけたら、笠原は仙石原でゴルフをしているということだったので、時間をはかってやってきたのだったが、細君がこんなことをしているようでは笠原はまだ帰っていないと思うしかない。