野萩
本文約10,400字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
巴里へひとり旅に出た安は、道中で美しい女性の親切を受け、再会した滋子と共に滞在を楽しむ。帰国後、滋子のもとへ安の知人である杜松が訪ねてくる。杜松はかつて旅先で安を助けた女性の娘であり、母の訃報を告げる。時を同じくして伊作が日本を離れたことを知り、安は彼の運命を悟りながら、杜松を通して自身の旅の記憶と伊作への複雑な想いを反芻する。本作は、戦前戦後の移ろいゆく情勢の中で、遠く離れた異国の地と日本を舞台に、ある家族をめぐる記憶と別れを描く。
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一
出かけるはずの時間になったが、安は来ない。離屋になった奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに二月堂が出ているだけで、あるじのすがたはなかった。
窓ぎわに坐って待っているうちに、六十一になる安が、ひとり息子の伊作の顔を見たさに、はるばる巴里までやってきた十年前のことを思いだした。
滋子はそのとき夫の克彦と白耳義にいたが、十二月もおしつまった二十九日の昼ごろ、アスアサ一〇ジ パリニツクという安の電報を受取ってびっくりした。
安は滋子の母方の叔母で、伊作を生むとまもなく夫に死に別れ、傭人だけでも四十人という中洲亭の大屋台を十九という若さで背負って立ち、土地では、人の使いかたなら中洲亭のお安さんに習えとまでいわれた。
長唄は六三郎、踊は水木、しみったれたことや薄手なことはなによりきらい。好物は、かん茂のスジと切茸のつけ焼、白魚なら生きたままを生海苔で食べるという、三代前からの生粋の深川っ子で、旅といえば、そのとしまで、東は塩原、西は小田原の道了さまより遠くへ行ったことがなく、深川を離れたら三日とは暮せないひとが、どんな思いをしながらマルセーユへ辿りついたのだろう、巴里までの一人旅は、さぞ心細く情けなかったろう。
伊作が巴里に落着いているのは、春と秋の三ヵ月くらいのもので、夏はドーヴィル、冬はニースと、一年中、めまぐるしく遊びまわっているふうだから、いまは巴里にいないのかもしれず、いるにしても、あのめんどう臭がり屋が出迎いなどしそうもない。駅の出口あたりで、途方にくれておろおろしている叔母のようすが見えるようで、思っただけでも胸がつまるようだった。克彦もしきりに心配するので、その日の午後の急行に乗り、夜おそく巴里に着いて伊作の宿へ行ってみると、案の定、どこかで遊び呆けているのだとみえ、叔母の電報は再配達の青鉛筆のマークをいくつもつけて、手紙受のガラスの箱のなかにおさまっていた。