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TORENDIA

雲の小径

本文約16,500字 ・ 読了時間 約34分

あらすじ(AIが作成しました)

東京と大阪を往復する飛行機の中で、白川幸次郎は三年前に亡くなった香世子の幻影に思いを馳せる。香世子との交際を懐かしむ白川は、心霊研究会で霊媒を通じて彼女の霊と対話を行うようになる。亡くなった自覚のない霊とのやり取りの中で、香世子の霊から示唆された誘いに直面し、白川は現実と幻影の狭間で困惑する。空の上で夢のような体験から覚めた白川の手元には、霊界との繋がりを示唆する石楠の葉が残されていた。

久生十蘭

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一

時間からいうと、伊勢湾の上あたりを飛んでいるはずだが、窓という窓が密度の高いすわり雲に眼隠しされているので、所在の感じが曖昧である。

大阪を飛びだすと、すぐ雲霧に包みこまれ、それからもう一時間以上も、模糊とした灰白色の空間を彷徨している。はじめのころは、濛気の幕によろめくような機影を曳きながら飛んでいたが、おいおい高度をあげるにつれて、四方からコクのある雲がおしかさなってきて、旅客機自体が溷濁したものの中にすっぽりと沈みこんでしまい、うごめく雲の色のほか、なにひとつ眼に入るものもない。咽び泣くような換気孔の風の音と、佗びしいほどに単調なプロペラの呻りを聞いていると、うらうらと心が霞んできて、見も知らぬ次元に自分ひとりが投げだされたようなたよりのない気持になる。

この三年、白川幸次郎は、月に三回、旅客機で東京と大阪をいそがしく往復しているが、こんな夢幻的な情緒をひきおこされたのは、はじめての経験だった。どんよりとしているが、それでいて、暗いというのでもない。漠とした薄明りが、遠い天体からさしかける光波といったぐあいに、灰色の雲のうえにしらじらと漂っているところなどは、香世子が形容する死後の世界の風景にそっくりで、白川は脇窓の風防ガラスに額をつけたまま、

「ひどく、しみじみとしていやがる」

とつぶやいた。

とりとめのない、こういう灰色の風景は、悩ましい、胸をえぐるような、そのくせ、なつかしくもある痛切な心象につながっている。香世子がこの世から消えてしまったのは、もう三年前のことだが、まだその影響からぬけきれずにいる。白川も、これでは困ると思うのだが、いちど焼きついた心象は、払えば消えるというようなものではない。

十二月二十五日の朝、市兵衛町の交番から電話の通達があった。

「奥さんが、交通事故で亡くなられたそうで、そちらへおしらせするように、築地署から通達がありました。死体は聖路加にありますから、印鑑を持って、すぐ引取りに来てください」

「ちょっと、もしもし……それは、なにかのまちがいでしょう。私には家内なんかありませんがね」

「二号でも三号でもいいですが、ともかく、すぐ来てください」

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