ユモレスク
本文約10,000字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
深川の中洲亭を切り盛りしたやすは、十年前にパリへ滞在していた息子の伊作を訪ねる。マルセーユで謎の女性の親切を受けたやすは、その縁を辿るようにパリで偶然にもその女性の娘である杜松子と対面する。かつてやすを駅まで迎えに来た滋子と共に、三人は不可解な過去の記憶と再会を経て、やがて隠されていた伊作の死という現実に直面する。本作は、因縁に翻弄される人々の愛情と哀愁を、エッフェル塔を背景にした冬の光景を交えて描く。
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一
出かける時間になったが、やすが来ない。離室になっている奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに、二月堂が出ているだけで、あるじはいなかった。
壁際に坐って待っているうちに、六十一になるやすが、息子の伊作に逢いに一人でトコトコ巴里までやってきた十年前のことを思い出した。
滋子は夫の克彦と白耳義にいたが、十二月もおしつまった二十九日の朝、アスアサ一〇ジパリニツクというやすの電報を受取ってびっくりした。
やすは滋子の母方の叔母で、伊作をうむと間もなく夫に死に別れ、傭人だけでも四十人という中洲亭の大屋台を、十八という若さで背負って立ち、土地では人の使いかたなら中洲亭のおやすさんに習えとまでいわれた。
長唄は六三郎、踊は水木。しみったれたことや薄手なことはなによりきらい、好物はかん茂のスジと初茸のつけ焼。白魚なら生きたままを生海苔で食べるという三代前からの生粋の深川ッ子で、その年まで旅といえば東は塩原、西は小田原の道了さまより遠くへ行ったことがなく、深川を離れたら一日も暮せないやすが、どんな思いをしながらマルセーユまでたどりついたろう、巴里までの一人旅はさぞ心細く情けなかったろうと、考えただけでも胸がつまるようだった。
夏はドオヴィル、冬はニースと一年中めまぐるしく遊びまわっているふうだから、ひょっとしたらいま巴里にいないのかもしれず、いるにしてもあのなまけものがいそいそと出迎えなどしそうもない。駅の停車場の出口あたりで、途方にくれておろおろしているやすのようすが見えるようで、とても放っておけなくなった。
克彦も心配して、行ってみるほうがいいというので、ブリュクセルまで自動車を飛ばして、午後の急行をつかまえ、夜遅く巴里へ着くと、案のじょう伊作はどこかで遊び呆けているのだとみえ、やすの電報は再配達の青鉛筆のマークをいくつもつけて手紙受の硝子箱の中におさまっていた。
ホームの目につくところに立って待っていると、やすはうねのある鼠紺のお召にぽってりとした青砥色の子持の羽織、玉木屋の桐の駒下駄をはいて籠信玄をさげ、筑波山へ躑躅でも見に行くような格好でコンパルチマンから降りてきて、