ノンシャラン道中記
本文約13,000字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
巴黎を発ったコン吉とタヌキ嬢は、列車で地中海沿岸の避寒地を目指す旅の途上、予期せぬ停滞や奇妙な人物との遭遇、精神に異状を呈した公爵による軟禁生活など、頓珍漢な出来事に翻弄される。やがて謝肉祭が開催されるニースにたどり着いた二人は、現地の祝祭の山車において、コン吉が支那人に扮して行列に参加するという数奇な運命を辿ることになる。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一、誦するはこれ極楽浄土の歌。一九二九年二月十日、巴黎なる里昂停車場を発したる地中海行特急第七九五号列車は、蒼味をおびた夜空に金色の火花を吹き散らしながら、いまや、アルルの近郊に近い平坦な野原に朦朧とたたずむ橄欖の矮林のそばを轟々たる疾駆を続けてゆく。
とある隔室の中を差し覗けば、豆電気を一つだけ点した混沌たる紫色の薄明りの中に、赤い筒帽を冠ったアルジェリの帰休士官、加特力の僧侶の長い数珠、英吉利人の大外套、手籠を持った馬耳塞人――それぞれクッションのバネの滑かな動揺につれて、ひっきりなしに飛びあがりながら眠りこけているうちに、漫然と介在した若い男女の東洋人、これもまたはなはだ不可解な姿勢をたもちながら、前後不覚に眠っている様子。
男子なる方は、卅一二歳とも十七八歳とも見える曖昧しごくな発達をした顔の半面に、蒙古風の顴骨を小高く露出させ、身近に置かれたるマルセイユ人の手籠の編目へ鼻の先を突っ込んで睡眠しているのは、多分その中にしかるべき滋養物でも嗅ぎつけたからでもあろうか。かたわらなるは、十七八歳の令嬢ふうの美婦人、座席の上に横坐りして絹靴下の蹠を広く一般に公開し、荷物棚から真田紐でつるした一個二法の貸し枕に河童頭をもたらせ、すやすやと熟睡する相好は、さながら動物図鑑の画に描ける海狸もかくやと思われるばかり、世にも愛らしき眺めであった。