三郷巷談
本文約7,100字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
泉北郡百舌鳥村で伝承された正月三箇日の精進潔斎や、淡島明神の流転伝承、木津に伝わる六部殺しなどの因果譚、そして子供たちの間で語り継がれてきた唄や遊びの数々を綴る。大阪を中心とした土地の風習、伝説、都市の記憶を丹念に掘り起こし、民間伝承としての側面から地域の歴史的実相を描き出す。
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一 もおずしやうじん
泉北郡百舌鳥村大字百舌鳥では、色々よそ村と違つた風習を伝へてゐた。其が今では、だん/\平凡化して来た。此処にいふもおずしやうじんの如きは、殊に名高いものになつて居た。
此村には万代八幡宮といふ、堺大阪あたりに聞えた宮がある。其氏子は、正月三个日は、たとひどんな事があつても、肉食をせないで、物忌みにこもつた様に、慎んでゐなければならぬので、堺あたり(堺市へ廿町)へ奉公に出てゐるものは、三个日は、必在処に帰つて、ひきこもつて精進をする。此村から出る奉公人は、目見えの際、きつと正月三个日藪入りの事を条件として、もち出す事になつてゐた。処が、村へ戻れぬ様な事でもあると、主家にゐて、精進を厳かに保つてゐる。労働者なんかで、遠方へ出稼ぎに行つてるものも、やはり、所謂其もおずしやうじんを実行したものだ。でなければ、冥罰によつて、かつたい(癩病)になる、といふ信仰を持つてゐたのである。
もおずしやうじんは、三个日は無論厳かに実行するのだが、其数日前から、既に、そろ/\始められるので、年内に煤掃きをすまして、餅を搗くと、すつかり精進に入る。来客があつても、もおずしやうじんのなかまうちである村の人は、なるべくは、座敷にも上げまいとする。縁台を庭に持出して、其に客を居させて、大抵の応待は、其処ですましてしまふ。
三个日の間は、村人以外の者と、一つ火で煮炊きしたものを食はない。それから、此間は、男女のかたらひは絶対に禁ぜられてゐるので、もし犯す事もあつてはといふので、一家みな、一つ処にあつまつて寝る。そして、三日の夜に入つて、はじめて精進を落す事になつてゐる。家によると、よそ村から年賀に来る客の為に、酒肴を用意して置いて、家族は一切別室に引籠つてゐて、客に会はない。そして、客が勝手に、酒肴を喰べ酔うて帰るに任せてあつた、とも聞いてゐる。近年は徴兵制度の為に、軍隊に居る者が三个日の間に肉食をしても、別に異状のないことやら、どだい、だん/\不信者の増した為に、厳重には行はれない様になつたさうである。