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TORENDIA

人形の起源

本文約650字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

雛と呼ばれた人形の歴史を紐解き、人間が巨人に扮した仮装から、次第に小型化し分離していった過程を考察する。かつて村を訪れる神の象徴であった巨大な人形は、疫病や風雨の厄払いとして踊り祭りの中心を担った。本書は、南方に見られる巨人への信仰や、日本各地の踊りにおいて神を歓待し送り出す風習の変遷を辿り、人形の起源と人間との関係性の変化を論じる。

折口信夫

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人形は古くは雛と言つた。雛といふと、雛鳥とか雛型とか言つて、小さい感じが先に立つ。併し、大きい人形もあつたのである。即、巨人を偶像化した人形が過去にもあつたし、現在にもある。これは普通、疫病・風雨等の厄払ひに用ゐるので、人間が中に這入つて其役を勤める人形(譬へば、人間が肩車をした上に覆ひを被つて巨人の形を作つたりした人形)と本道の大人形とある。また中位の人形もあつた。尤、この大中小の限度をきめるのは困難だが、とにかく、だん/\小さくなる傾向はある。

大きな人形は、人が中に這入つたのが最初である。次いで人が這入らなくなり、体を露出して其形を作るやうになつた。それがやがて、手で使ふ人形に変化した。人間は隠れてゐる。つまり、元は人形と人間が同じだつたが、次第に分離した。

写真で御承知であらうが、南洋辺の土人の祭りでは、人間が恐しい巨人の扮装をする。これは信仰の意味を豊かに持つ。日本でも、南方にはこの風習が残つて居る。北へ行くほど人形がおとなしくなる。

この巨人の人形は、村を訪問して来た神を指す。これを踊り神と称して、人々も一緒に踊る。言ひ換へれば踊り祭りの中心になるのである。人間が仮装してもよし、自由に動かし得れば人形でもよい訣である。旧日本の踊りでは、やつてきた巨人は為方がないから、歓迎するやうにして追ひ出すと言ふ形式が習ひになつてゐる。踊りに捲き込んで快く出るやうにする。後になれば、風の神や疱瘡神の機嫌をとつて送り出すのだが、昔は善悪の神を問はず、共通の送迎の為方があつたのである。

完

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