日本芸能の話
本文約4,300字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
日本の芸能という言葉が持つ歴史的な意味の変遷を整理し、現代において二つの異なる意味で混用されている現状を指摘する。筆者は、外国から渡来した芸術に安易に流されることなく、日本独自の芸能の本質を深く究明する必要性を説く。また、国民の生活力を基盤としつつ、学問としての芸能研究を確立することで、外来文化を正しく取捨選択し、日本人の精神的自立と幸福を守るための指針を構築する姿勢を綴る。
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一 芸能といふことばの発生
お互ひにおめでたうございます。どうぞこの上とも皆さんのお力をもちまして、この会の目的が達成せられますやうに、また努めて行きますうちに、だん/\新しいよい目的を発見して、展開して行く、それもだん/\遂げて行きますには、皆さんのお力をお借りしたいと申す外はございません。
芸能といふことにつきましては、皆さんにいろ/\なお考へもおありでせうが、大体に於て、シナで使つて居りました芸能といふ意味と、日本で使つて居ります芸能といふ意味とは、非常に違つて居りますので、只今文部省なんかで使ひ初めました芸能といふのは、全くシナの意味の芸能といふ用語例に沿うてゐるものです。日本の芸能といふ語は恐らく平安朝の末頃から慥かに現れて来るのだと思ひます。それもとび/\に現れて参ります。御存じのことでせうが、能といふのは下に心といふ字がついた態といふ字の略字が能といふ字になりまして、それが終ひには、発音までのうといふやうになつて来たのです。もとは芸態といふ風に書いてをるのであります。その態、即能といふのは物真似といふ意味です。即、芸と態とを併せて芸能といふのですから、非常にいろ/\なものを道々含んで来まして、吉野朝時代に出ました下学集を見ますと、態芸門といふやうな部類が出来てゐます。
尤、その態芸門つまり芸能門には初めは芸能といふ語が使用されてをりますが、分類が不正確でございまして、皇室に関することだとか、政治家に関することなども、この態芸門に這入つて来るやうな雑然とした分類の為方なのですが、大体田楽だとか、簓だとか、猿楽などといふやうな語が這入つてをるので、吾々の考へてゐる芸能と同じものだと考へてもよいと思ひます。
この芸能といふものは芸術として扱はれる範囲のものでない、まう少し違つた位置にある、吾々がいま芸能と言うてゐるものゝ部類に当るのだと思ひます。つまり、音楽だとか、演劇だとか、歌謡だとか、さういふものを引括めて、まう少し大衆が見て楽しむことの出来るやうなものを芸能と言うてゐるやうであります。
二 二つの使ひ方について