木彫ウソを作った時
本文約2,500字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の東京の小鳥屋で、著者は初めてウソという小鳥と出会う。その直立した姿勢や精悍かつ美麗な風貌に強く心を惹かれた著者は、古くからある木彫りの玩具が持つ自然な動勢に驚嘆し、自身でも木彫を制作することを決意する。買い求めたウソを毎日観察し、その細かな身体的特徴や気魄を写し取ろうと没頭する過程を綴る。七日間をかけて彫り上げた作品への愛着と、制作当時の背景を回想する随筆である。
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私は自分で生きものを飼う事が苦手のため、平常は犬一匹、小鳥一羽も飼っていないが、もともと鳥獣虫魚何にてもあれ、その美しさに心を打たれるので、街を歩いていると我知らず小鳥屋の前に足をとめる。母が生きていた頃だからもう十幾年か以前の事である。或る冬の日本郷肴町の小鳥屋の前に立って、その頃流行していたセキセイインコの籠のたくさん並んでいるのを見ていたが、どうもこの小鳥の極彩色の華美な衣裳と無限につづくおしゃべりとが、周囲のくすんだ渋い、北緯三十五度若干の東京の太陽の光とうまく調和しないように感じられて、珍らしくおもしろいとは思いながら、それほど夢中にはなれなかった。そのうちセキセイのぺちゃくちゃの騒音の間から、静かな、しかし音程のひどく高い、鋭く透る、ヒュウ、ヒュウという声が耳にはいった。店の奥の方から来るのだが、それが何だかもっと大変遠いところから聞えて来るような響をしているので、何だろうと思って店の中へ踏み込んだ。その頃私は小鳥の名などをさっぱり知らなかったので、それぞれの籠につけてある名札をよみながら鳥を見た。鶯、山雀、目白、文鳥、十姉妹などの籠の上に載っていたウソをその時はじめて詳しく観察した。さっきの声はそのウソの鳴音だったのである。
ウソを見て一番さきに興味をおぼえたのはその姿勢と形態とであった。この小鳥は思いきった直立の姿勢でとまり木にとまっていた。むしろ後ろに反りかえっていると言ってもいい動勢を有っていた。それを見るとすぐ、あの柳の丸材で作った、亀井戸天神のウソ替のウソを思出した。柳の丸材へ横に半分鋸を入れて上からぽんぽんと二つ三つ鑿でこなし、その後ろへ削りかけのもじゃもじゃを作り、脳天を墨でぬり、眼玉を描き、ぐるりと紅で頸を撫で、胸とおぼしきところに日の丸を一つ附けた、あの原始的なウソの木彫は、実に強くこの自然の動勢に迫っている。あの木彫りのウソは実物のウソよりも、もっとほんとにウソのようだ。私はたちまち自分でもウソの木彫を作ってみたくなった。鳥屋さんのいわゆるその照りウソを一羽籠ごと求めて持ちかえった。