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TORENDIA

一片の石

本文約3,000字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

人間が石を崇拝し記念物を残そうとする行為は古来より存在するが、石碑は風雪や災害によって意外と早く失われてしまう。襄陽に建てられた「堕涙の碑」に心を寄せた詩人たちの情景や、墓碑と著作という形で後世に名を遺した晋の羊や杜預の逸話を引く。石は脆く、紙墨に記された著作の方が寿命が長いという事実を指摘し、人間はより確かな存在を信じるべきではないかと説く随筆である。

會津八一

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🎧 一片の石 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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人間が石にたよるやうになつて、もうよほど久しいことであるのに、まだ根気よくそれをやつてゐる。石にたより、石に縋り、石を崇め、石を拝む。この心から城壁も、祭壇も、神像も、殿堂も、石で作られた。いつまでもこの世に留めたいと思ふ物を作るために、東洋でも、西洋でも、あるひは何処の極でも、昔から人間が努めてゐる姿は目ざましい。人は死ぬ。そのまま地びたに棄てておいても、膿血や腐肉が流れつくした後に、骨だけは石に似て永く遺るべき素質であるのに、遺族友人と称へるものが集つて、火を点けて焼く。せつかくの骨までが粉々に砕けてしまふ。それを拾ひ集めて、底深く地中に埋めて、その上にいかつい四角な石を立てる。御参りをするといへば、まるでそれが故人であるやうに、その石を拝む。そして、その石が大きいほど貞女孝子と褒められる。貧乏ものは、こんな点でも孝行がむづかしい。

なるほど、像なり、建物なり、または墓なり何なり、凡そ人間の手わざで、遠い時代から遺つてゐるものはある。しかし遺つてゐるといつても、時代にもよるが、少し古いところは、作られた数に較べると、千に一つにも当らない。つまり、石といへども、千年の風霜に曝露されて、平気でゐるものではない。それに野火や山火事が崩壊を早めることもある。いかに立派な墓や石碑でも、その人の名を、まだ世間が忘れきらぬうちから、もう押し倒されて、倉の土台や石垣の下積みになることもある。追慕だ研究だといつて跡を絶たない人たちの、搨拓の手のために、磨滅を促すこともある。そこで漢の時代には、いづれの村里にも、あり余るほどあつた石碑が、今では支那全土で百基ほどしか遺つてゐない。国破れて山河ありといふが、国も山河もまだそのままであるのに、さしもに人間の思ひを籠めた記念物が、もう無くなつてゐることは、いくらもある。まことに寂しいことである。

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