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TORENDIA

音樂に就いて

本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

早稲田中学校のグリークラブ設立に際し、人間としての素養を深めるための音楽との向き合い方を論じる。技術の追求や専門家気取りに陥ることなく、自然な感情を訓練する場であるべきと説き、流行や虚栄を排して真に芸術を愛する精神を重視する。さらに、臨終に雅楽を求めた鍋島直大の例を引き、音楽がいかに個人の人格と結びつき、心の奥底を動かす力を持つかを綴る。音楽を通じた人間形成の重要性を説いた随筆である。

會津八一

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🎧 音樂に就いて / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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既に美育部を持つてゐる早稻田中學校が新に音樂會を興してその發會式をやらうとする其の日から、又病氣で暫く引き籠る事になつた。私は元來音樂には殆ど無智で趣味も深いとは言へない。けれども相應な希望は持つてゐる。病中ながら、その希望を會員の諸君にも會員外の諸君にも一寸申し上げてみたいと思ふ。

吾々は何の爲に畫を描くか? かつて美育部の展覽會で私がかう云ふ問題を出し、そして自分でこの問に答へた事がある。吾々が美育部で努めなければならぬ事は、專門家になる爲に繪を描くのではない、人間として繪を描くのであると云ふ事を自分自身にも他人にも明瞭にしておくべき事――則ち是である。

むづかしい修養の爲でなく單なる娯樂の爲に繪を描く人があつても必ずしも咎めない。又後々に專門の畫家になつてもそれはその人の自由である。然しながら今から專門家を氣取る人があるならば、それは警めなければならない。その意味は人間には自然に色彩と形との美しさを追及する欲望がある。その欲望を正しく上品に訓練して行く事が吾々として學生時代は勿論一生涯つとめなければならぬ事である。繪を描く事は心の中からの止むべからざる要求を本にして我々の行ふ修養の一つであつて、外部から餘儀なくせらるる種類の物ではない。又見樣見眞似の流行沙汰ですべきものでもないのである。美育部の會ではざつとこんな事を言つたかと思ふ。

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