価
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あらすじ(AIが作成しました)
大阪の釜師大国柏斎は、同じ型の作品を複数作ることを好まず、注文主に対しても技術への矜持から独特の価を提示する。一方、木彫りの熊を作る老印度人は、鉄道会社の社長から数百個の注文を持ちかけられた際、数を作る労苦を見越して単価を上げるよう申し出る。本作は、芸術や工芸の価値に対する職人の誠実な向き合い方と、大量生産や効率化とは相容れない創造のあり方について、二つの対照的なエピソードを通じて綴る。
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大阪に大国柏斎といふ釜師の老人が居る。若い彫塑家大国貞蔵氏の父で、釜師としての伎倆は、まづ当代独歩といつて差支へあるまい。伎倆のすぐれてゐる割合に、その名前があまり世間に聞えてゐないのを惜しがつた知合の誰彼が、
『大阪にくすぶつてゐたのではしようがあるまい。いつそ思ひきつて東京へ出てみたらどうだらう。名前を売るには便宜が多からうと思ふが……』
といつて、勧めたことがあつた。すると、柏斎は鉱気くさい手のひらで一度ゆつくりと顔を撫でおろした。
『それは私も知るには知つてゐる。だが、長いこと住んでみると、大阪の土地にもまたいいところがあつてね……』
といつて、名前を売ることなどはすつかり忘れてしまつて、馴染の深い土地に今でも安住してゐる。
その柏斎のつくつたものに、蘆屋釜のすぐれたのが一つあつた。その味がむかしの名作にも劣らないのを見てとつた茶人のなにがしが、それと同じ手の釜を二つばかり註文したことがあつた。
『お値段のところはどうでせう、やはり前のと同じやうに……』
茶人は釜の価をきめておきたかつた。
『欠けたる摺鉢にても、時の間に合ふを茶道の本意とす。』
と、幾百年か前に言ひ遺した利休は実際えらかつた。摺鉢の欠けたのでも事は足りる茶の湯だつたから、道具はなるべく価の安い方がよかつた。
『いや、さうは往きません。』柏斎の返事は意外だつた。『前のと異つてゐて、味があれに劣らないものでしたら、同じ値段でも出来ませうが、前のと同じ手のものを御註文でしたら値段は却つて前のよりかお高くつきませうて。』
『それはまた何故です。』
客は腑に落ちなささうに訊いた。
柏斎の返事ははつきりしてゐた。
『私は同じものをつくるのを好みませんから。』