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TORENDIA

古代研究 追ひ書き

本文約17,200字 ・ 読了時間 約35分

あらすじ(AIが作成しました)

大阪で亡き兄の通夜を過ごす著者が、自身の学問に対する姿勢や執筆への思いを綴る随筆。幼少期の記憶、民俗学や言語研究を通じた学術的考察、そして沖縄研究や独自の仮説をめぐる経緯を明かす。自身の学究生活を支えた人々への感謝と、かつてない深い研究を目指す苦悩を抱えつつ、古代の生活様式と信仰に焦点を当てた論考や、文学の発生をめぐる考察の集大成として本書を編む。自身の学問的孤独を自覚しながらも、同情者たちの存在を支えに執筆を続ける心境を回顧する。

折口信夫

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この書物、第一巻の校正が、やがてあがる今になつて、ぽっくりと、大阪の長兄が、亡くなつて行つた。さうして今晩は、その通夜である。私は、かん/\とあかるい、而もしめやかな座敷をはづして、ひっそりと、此後づけの文を綴つてゐるのである。夜行汽車の疲れをやすめさせようと言ふ、肝いり衆の心切を無にせまい為、この二階へあがつて来たのであつた。

かうして、死んで了うた後になつて考へると、兄の生涯は、あんまりあぢきなかつた。ある点から見れば、その一半は、私ども五人の兄弟たちの為に、空費して了うた形さへある。

昔から、私の為事には、理会のある方ではなかつた。次兄の助言がなかつたら、意志の弱い私は、やっぱり、家職の医学に向けられて居たに違ひない。或は今頃は、腰の低い町医者として、物思ひもない日々を送つてゐるかも知れなかつた。懐徳堂の歴史を読んで、思はず、ため息をついた事がある。百年も前の大阪町人、その二・三男の文才・学才ある者のなり行きを考へさせられたものである。秋成はかう言ふ、境にあはぬ教養を受けたてあひの末路を、はりつけものだと罵つた。そんなあくたいをついた人自身、やはり何ともつかぬ、迷ひ犬の様な生涯を了へたではないか。でも、さう言ふ道を見つけることがあつたら、まだよい。恐らくは、何だか、其暮し方の物足らなさに、無聊な一生を、過すことであつたらうに。養子にやられては戻され、嫁を持たされては、そりのあはぬ家庭に飽く。こんな事ばかりくり返して老い衰へ、兄のかゝりうどになつて、日を送る事だらう。部屋住みのまゝに白髪になつて、かひ性なしのをっさん、と家のをひ・めひには、謗られることであつたらう。

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