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TORENDIA

万葉集の解題

本文約10,500字 ・ 読了時間 約21分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の歌がいかにして発生し、文学として発展したのかを、万葉集を主な証拠として論じる。神祭りや託宣といった宗教的な行事を起源とする律文が、口頭伝承を経て文学となった過程を検証する。さらに、宴歌や歌垣など、社会的な集まりの中で歌が交換される形式から、代作や抒情詩が生まれ、最終的に歌合せや連歌へとつながる変遷の歴史を、万葉集の歌の順序や内容を紐解きながら明らかにする。

折口信夫

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一

まづ万葉集の歌が如何にしてあらはれて来たか、更に日本の歌がどういふ処から生れて来たか、といふこと即、万葉集に到る日本の歌の文学史を述べ、万葉集の書物の歴史を述べたいと思ふ。

すべて文学は、文明の世になると、芸術的衝動から作られるものであるが、昔はさうした欲望がなかつた。だから、其時代に、如何にして歌が出来たかをまづ考へねばならぬ。

日本に歌の出来た始めは、文学の目的の為に生れたものではない。すぐに人が考へる事は、歌は男女牽引の具として生れて来たと考へ易いことであるが、其は大きな間違ひで、鳥が高声をはりあげたりするのとは違ふ。なる程、此要求はあるには違ひないが、此説の全部を其原因に採ることは、あまりに幼稚な見方である。文学がある点まで発育して後にこそ、此手段に利用せられることはある。此立ち場から異つた方面を話して見たいと思ふ。

外国に於ても、やはり同じ発生の径路を取つて居るが、日本では更に著しく其跡が見え、古い書物に其痕跡がはつきり遺つて居る。万葉集の様な可なり文明の進んだ時代の歌集に於ても、其跡がはつきり見える。

私は文学の発生より説き、其証拠を総て万葉集に求めつゝ、日本の歌を考へて見よう。さうすれば同時に、日本の歌の発生的順序がわかると思ふ。

万葉集は、巻の順序は年代になつてゐないが、十七・十八・十九・二十の四巻は、年代がずつと新らしい。中でも二十巻の歌は最新しいと考へる。先づ其処までに到る迄の日本の歌の発生する歴史を、万葉集によつて述べて見よう。さうすると、正当な万葉集の年代順が附く訣である。

文章が散文であるのは、新しい。始めは、韻文或は律文である。日本では律文と言ふ方が正しい。日本文学の古い時代には、律文が唯一の文学で、散文は後に生れたものである。奈良朝も頂上に到つた頃に散文が現れて居るが、十分の発育はせず、純粋の散文は平安朝になつてやつと発達した。平安朝の文学史は散文の文学史で、奈良朝から以前の文学史は律文の文学史である。だから、律文の文学史――万葉集の歌の出来た順序に就ての解説は当然、奈良朝までの日本古代の完全な文学史になるのである。

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