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TORENDIA

人間山中貞雄

本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

平安神宮での出征行事で見送られた映画監督の山中貞雄は、面会時には兵営生活に順応し元気に振る舞っていた。伊丹万作は、集会などで交流した山中の人間味あふれる人柄に惹かれ、彼を好漢と評する。また、山中の映画監督としての才能や作品傾向を考察し、若くして軍隊へ入った後に陣没した同時代人としての哀惜の念と、その人物像を追想する記録を綴る。

伊丹万作

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🎧 人間山中貞雄 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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平安神宮の広場は暑かつた。紙の旗を一本ずつ持つた我々は脱帽してそこに整列していた。日光は照りつけ汗がワイシャツの下からにきにきと湧いた。前面の小高い拝殿の上には楽隊がいて、必要に応じて奏楽をした。注意して見ると、楽隊のメンバーにはアフレコ・ダビングでかねてなじみの顔ばかりである。

それから神官の行事があつた。つづいて君が代の斉唱、バンザイの三唱など型どおり行われたが、その間、出征軍人山中貞雄は不動の姿勢で颯爽――という字を張りこみたいところだが、そういう無理をするとこの一文がうそになる。どうみてもあれは颯爽というがらではない。鐘であつたら正に寂滅為楽と響きそうなかつこうで立つていた。

それからトラックやら自動車やらに分乗して「歓呼の声に送られて」と、○○の連隊の近所まで送つて行つたのはついきのうのことのような気がする。

入営から何日か経つて面会を許された日があつたので、女房のこしらえた千人針を持つて行つてみた。いろんな人が入りかわり立ちかわり面会に来るので、その下士官室は大変混雑していた。山中自身もすくなからず応接に忙殺されている形であつたので、長くはいずに帰つたが、この日の山中は元気がよかつた。

しばらくの間に兵営生活が身につき、彼自身も本当の一兵士に還元した安心と落ち着きとがあり、したがつてのびのびした自由さが感じられた。

この日以来私は山中を見ない。しかしいつかは(それもあまり遠からぬ将来において)必ず再会できるという確信のようなものを私はひそかにいだいていた。それにもかかわらず、あつけなく山中は死んでしまつた。

ある朝浅間山の噴火の記事を探していて、山中陣没の記事にぶちあたつた、腹立たしいほどのあつけなさ。浅間山なんぞはまだいくらでも噴火するだろう。しかし我々はもはやふたたび山中の笑顔を見ることができないということは、実感として何か非常に不思議なできごとのように思われてならない。それは我々を悲しませるよりもさきに人間の生命の可能性の限界を、身に突きさして示すようである。

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