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TORENDIA

子をつれて

本文約16,800字 ・ 読了時間 約34分

あらすじ(AIが作成しました)

立ち退きを迫られ窮地に陥る小田は、滞納した家賃の支払いと家族の養育に追われながら、唯一の友人であるKを頼る日々を送る。金銭の工面にも困り果て、心身ともに疲弊した小田は、幼い子供を連れて行く当てもないまま深夜の街を彷徨う。生活の破綻と出口のない閉塞感の中で、芸術家としての矜持と現実の困窮に苦悩する男の姿を描く。

葛西善蔵

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一

掃除をしたり、お菜を煮たり、糠味噌を出したりして、子供等に晩飯を済まさせ、彼はようやく西日の引いた縁側近くへお膳を据えて、淋しい気持で晩酌の盃を嘗めていた。すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開けて、例の立退き請求の三百が、玄関の開いてた障子の間から、ぬうっと顔を突出した。

「まあお入りなさい」彼は少し酒の気の廻っていた処なので、坐ったなり元気好く声をかけた。

「否もうこゝで結構です。一寸そこまで散歩に来たものですからな。……それで何ですかな、家が定まりましたでしょうな? もう定まったでしょうな?」

「……さあ、実は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下さい」

彼は起って行って、頼むように云った。

「別にお話を聴く必要も無いが……」と三百はプンとした顔して呟きながら、渋々に入って来た。四十二三の色白の小肥りの男で、紳士らしい服装している。併し斯うした商売の人間に特有――かのような、陰険な、他人の顔を正面に視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。

「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度帰ることになって居るのですから、どうかこの十五日まで御猶予願いたいものですが、……」

「出来ませんな、断じて出来るこっちゃありません!」

斯う呶鳴るように云った三百の、例のしょぼ/\した眼は、急に紅い焔でも発しやしないかと思われた程であった。で彼はあわてて、

「そうですか。わかりました。好ござんす、それでは十日には屹度越すことにしますから」と謝まるように云った。

「私もそりゃ、最初から貴方を車夫馬丁同様の人物と考えたんだと、そりゃどんな強い手段も用いたのです。がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証書通り、私の方では直ぐにも実行しますから」

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