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TORENDIA

死児を産む

本文約6,900字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

出産を間近に控えた身重のおせいは、下宿生活で困窮する男と共に不安な日々を送る。二人は子供の将来や生活を巡って激しい言い争いを繰り返し、男は現状からの逃走と自身の作家生活に葛藤する。やがて春が訪れ、産科院でおせいは死児を分娩する。本作は、極限状態にある男女の逃げ場のない生活と、その中で自己の救いを求めつつも救われない内面的な苦悩を写実的に描く。

葛西善蔵

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🎧 死児を産む / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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この月の二十日前後と産婆に言われている大きな腹して、背丈がずんぐりなので醤油樽か何かでも詰めこんでいるかのような恰好して、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣の小ぎれを買いに出て行った。――もう三月一日だった。二三日前に雪が降って、まだ雪解けの泥路を、女中と話しながら、高下駄でせかせかと歩いて行く彼女の足音を、自分は二階の六畳の部屋の万年床の中で、いくらか心許ない気持で聞いていた。自分の部屋の西向きの窓は永い間締切りにしてあるのだが、前の下宿の裏側と三間とは隔っていない壁板に西日が射して、それが自分の部屋の東向きの窓障子の磨りガラスに明るく映って、やはり日増に和らいでくる気候を思わせるのだが、電線を鳴らし、窓障子をガタピシさせている風の音には、まだまだ冬の脅威が残っていた。

「早く暖かくなってくれないかなあ!……」と、自分はほとんど機械的にこう呟く。……

やがて、新モスの小ぎれ、ネル、晒し木綿などの包みを抱えて、おせいは帰ってきた。

「そっくりで、これで六円いくらになりましたわ。綿入り二枚分と、胴着と襦袢……赤んぼには麻の葉の模様を着せるものだそうだから」……彼女は枕元で包みをひろげて、こう自分に言って聞かせた。

「そうかねえ……」と、自分は彼女のニコニコした顔と紅い模様や鬱金色の小ぎれと見較べて、擽ったい気持を感じさせられた。

「ほんとに安いものね。六円いくらでみんな揃うんだから……」

自分はクルリと寝返りを打ったが、そっと口の中で苦笑を噛み潰した。

六円いくら――それはある雑誌に自分が談話をしたお礼として昨日二十円届けられた、その金だった。それが自分の二月じゅうの全収入……こればかしの金でどう使いようもないと思ったのが、偶然にもおせいの腹の子の産衣料となったというわけである。そして彼女はあのとおり嬉しそうな顔をしている。無智とも不憫とも言いようのない感じではないか。それにつけても、呪われた運命の子こそ哀れだ……悩ましさと自責の念から、忘れかけていた脊部肋間の神経痛が、また疼きだした。……

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