本文へ移動
TORENDIA

耳の日記

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

内田百間との交流や病床での見舞いなど、身近な人々との親交を温かい眼差しで綴る随筆集。著者は闘病生活で受けた心温まる支援への感謝や、葉山の自然の中で季節の移ろいとともに耳にする虫の声、蝉の鳴き声といった繊細な音の情景を叙情的に描く。日常生活の中にある人との絆や、耳の不自由な筆者ならではの鋭敏な感性を通じて捉えられた、四季折々の風情と心象風景を書き留めた一冊。

宮城道雄

速度
🎧 耳の日記 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

友情

いつであったか、初夏の気候のよい日に内田百間氏がひょっこり私の稽古場を訪ねて来て、今或る新聞社の帰りでウイスキーを貰って来たからにお裾分けしようと言われた。待っていた弟子達は百間先生が来たというので何かひそひそ騒いでいた。百間氏は私に稽古を片附けるようにと言うので私は稽古の合間合間に話をした。こういう時には心嬉しいので稽古もどんどん片附いてゆく。百間氏はこれから次第に暑くなると外へはあまり出掛けないと言う。また寒くなると少し暖かくなる迄は引籠もっていると言う。そこへ出不精な私がたまたま訪問しようと言うと、いや今に来られると二畳敷の所へ庭の外まで道具が並べてあるから迷惑だと言う。

こういう風でお互は七夕の星のようである。がしかし私は時々内田氏のことを思い出すとあの低い声が聞こえてくる。近頃はさすがの百間先生もビールには悩んでいられるようである。のどがカラカラになって水の涸れた泉のようであるという手紙を貰ったことがあった。

いつか帝劇の楽屋で会った時、たった一本であったがおみやげにと遠慮しながら出した。すると、、そう遠慮しなくともちょうど鏡が前にあるので、それにうつって二本に見えると言われた。また或る時弟子から貰ったのを届けさせたら、私のいる葉山へ、サンキュー・ビールマッチという電報が来た。私はそれを読んで貰って耳で聞いた瞬間、面白いなと思った。

今年の春私は宇都宮へ演奏にいって急に肝炎と中耳炎を患って旅先で寝ていると聖路加病院の畑先生が東京から駈けつけて、今来ましたよというその声を聞いた時にはなんともいえぬ心丈夫な気がした。しかし耳が遠いのと熱があるので、すべての物音はおぼろであった。その夜先生は一睡もせずに、二時間おきに手当をして下さったが、翌日徹夜のままで帰っていかれる先生にもっとお礼を言いたいと思っても思うように声が出なかった。

宮城道雄の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本