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TORENDIA

軽女

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

忠臣義士物語に登場する二文字屋お軽は、京都二条寺町で育ったゆかしさを秘めた京美人である。吉良方の警戒を解くために放縦な日々を送る大石内蔵助は、お軽を側室として迎え入れ、自身の真意を隠す。やがて東下りの決意を固めた内蔵助は、お軽を実家へ帰す。二文字屋での別れの酒席で、お軽は内蔵助の壮行を祝し、自身の哀しみと想いを琴の音と歌に託す。作者は、気丈な心根を持つこの女性の心情と、二人の別離の情景を綴る。

上村松園

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🎧 軽女 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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数多い忠臣義士物語の中に出てくる女性のうちで、お軽ほど美しい哀れな運命をになった女性は他にないであろう。

お軽は二階でのべ鏡という、――通り言葉に想像される軽女には、わたくしは親しみは持てないが、(京都二条寺町附近)の二文字屋次郎左衛門の娘として深窓にそだち、淑やかな立居の中に京娘のゆかしさを匂わせている、あのお軽には、わたくしは限りない好ましさを感じるのである。

山科に隠栖し、花鳥風月をともにして、吉良方の見張りの眼を紛らわしていた大石内蔵助は、しかし、それだけでは、まだまだ吉良方の警戒をゆるめさせることの出来ないのを悟って、元禄十五年の春ころから、酒に親しみ出し、祇園に遊んで放縦の日々を送るようになり、果ては最愛の、貞淑のほまれ高い内室までも離別して、豊岡の石束家へ返してしまった。

その後の遊興三昧のさまは目にあまるものがあった。同志の人々でさえ、内蔵助の真意を解しかねて呆れはて、

「これはいっそのこと側室でも置いたら、あのような乱行はなくなるであろう」

そう言って、拾翠菴の海首座に頼み、二条寺町の二文字屋次郎左衛門の娘お軽を内蔵助のもとへつかわすことにしたのであった。

お軽は当時京美人の名のある京都の町でも隠れのない評判の美人であった。

内蔵助は、この由をきいて大いに悦んだことは言うまでもない。

「豊岡の里へ妻や子を返したのは、あの女を迎えようためであったのだ」

と、悪い評判はますます高まり、したがって、吉良方の警戒の眼もうすらぐ……という内蔵助の深謀がそこに働いたのである。

内蔵助はお軽をこよなく愛した。

しかし、間もなく秋のはじめとなった。内蔵助は、いよいよ東に下る決意をし、お軽を生家へ帰した。

内蔵助は、最愛のお軽にといえども、自分の大望を露ほども洩らさなかった。しかし、お軽には、内蔵助の深い胸は察しがついていたのである。

いよいよ東に下る前日の元禄十五年十月十六日に、内蔵助は紫野の瑞光院に詣って、亡君の墓前に額づき、報讐のことを誓い、その足で拾翠菴に海首座をたずね、よもやまの話の末、夕方になって二文字屋を訪ねた。

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