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TORENDIA

絹と紙の話と師弟の間柄の話

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

画家が絵画制作に使用する絹や紙の特性を解説し、涸らした絹が持つ独特の味わいや、紙本における筆勢の妙味について綴る。あわせて、現代の若手画家が焦燥感から結果を急ぎ、師弟関係を功利的に捉えている現状を指摘する。長年かけて師の風貌や癖が自然と弟子に感染し、その過程を経てこそ真の個性が育つと説き、弛まぬ修練と師への敬意ある師弟関係のあり方を論じる。

上村松園

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🎧 絹と紙の話と師弟の間柄の話 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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二、三年前竹杖会の研究会で年に二点は大小に拘わらず是非出品しなければいけないという規則が出来ましたので、いつぞや小品を一点持出したことがあります。ほんの小さな絵でしたがそれには土坡があって葦が生えているような図が描いてあったのです。ところがそれを見られて土田麦僊さんが不思議そうな顔付きで、この土坡の墨味がこういう風にムクーッと柔かくいってるのは一体どんな風にしてやられたのです、というお訊ねでした。それで私は、どんな風もこんな風も描き方には何も変った方法などありませぬ。唯この絹地は少し涸らした生絹に湯引きをしたのを使用してますので、それが真新しい生絹やどうさ引などに較べますとややそうした味が出て来るのかと思います、という返事をしたことでした。

その時新しい絹と涸らした絹との話も出たと思いますが、私は近年、いつからともなく絹を涸らして使う習慣を持っています。涸らして使うというのは新しい絹をすぐ使わないで、暇のある時に何枚も何枚も枠張りしてその儘ほって置くのです。必ずそうした絹にばかり描いてるわけでもありませぬが、大体そうしたのを使います。それに又暇の時にはそうした絹にどうさを引いたり湯引きをして置きます。古いのになりますと二、三年ぐらいほってあるものもあります。そうしますと、枠張りが何処となく落着いて、叩いてもボンボンと太鼓でも叩くような張り切った感じがぬけて、何処となく柔かくむっくりして参ります。どうさにしても引き立てですと、いやにギラギラと光ってけばけばしい感じのするものですが、それも涸れて生々しい硬さが抜けて来ます。総じて真新しいものに較べて柔かみのある落着いた感じのするものとなります。

どうさを引き立ての新しい絹に描いてる感じは、何となく絹の上っ面を辷って、兎もすると撥ね返りでもする程の上っすべりのする感じですが、それが絹なりどうさなりの涸れたのですと一本の線にしましても引いてる片ッ端から、じっくりと絹の内らに浸み込みでもするような何とも言えない親しみのある感じになります。その気持が私には何とも言えずうれしいのです。

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