私の先生
本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
十三歳の時に中国の尾道で市立女学校に入学した少女が、厳しくも穏やかな恩師森要人との思い出や、その後の転任によって現れた別の教師への失望、そして孤独な学校生活を通じて経験した苦悩を綴る。森先生は生徒の自由な創作を尊重し、穏やかに成長を見守った存在であり、卒業後も懐かしさを感じさせる。著者が学生時代の記憶を振り返り、唯一心に残る恩師への慕情と、当時の閉鎖的な環境に抱いた複雑な思いを描く作品である。
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私は十三歳の時に、中国の尾道と云う町でそこの市立女学校にはいった。受持ちの教師が森要人と云うかなりな年配の人で、私たちには国語を教えてくれた。その頃、四十七、八歳位にはなっていられた方であったが、小さい私たちには大変おじいさんに見えて、安心してものを云うことが出来た。作文の時間になると、手紙や見舞文は書かせないで、何でも、自由なものを書けと云って、森先生は日向ぼっこをして呆んやり眼をつぶっていた。作文の時間がたびかさなって、生徒の書いたものがたまってゆくと、作文の時間の始めにかならず生徒の作品を一、二編ずつ読んでは、その一、二編について批評を加えるのが例になった。その読まれる作品は、たいてい私のものと、川添と云う少女のもので、私の作品が、たいていは家庭のことを書いているのに反して、川添と云う少女のは、森の梟とか幻想の虹とかいったハイカラなもので、私はその少女の作品から、「神秘的」なと云う愕くべき上品な言葉を知った。
十三歳の少女にとって、「神秘的」と云う言葉はなかなかの愕きであって、私はその川添と云う少女を随分尊敬したものだ。――森先生は、国語作文のほかに、珠算を時々教えていられたのだが尾道と云う町が商業都市なので、課外にこの珠算はどうしてもしなければならなかった。私の組で珠算のきらいなのは、私と川添と云う少女と、森先生とであったので、たいていは級長が問題を出して皆にやらしていた。
森要人先生は、その女学校でもたいした重要なひとでもないらしく、朝礼の時間でも、庭の隅に呆んやり立っていられた。課外に、森先生に漢文をならうのは私一人であったが、ちっとも面倒がらないで、理科室や裁縫室で一時間位ずつ教えを受けた。頭の禿げあがったひとで、組でもおぼろ月夜とあだ名していたが、大変無口で私たちを叱ったことがなかった。