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TORENDIA

濡れた葦

本文約10,800字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

生活に困窮し子供を連れて家を出たふじ子は、古びた旅館で将来への不安を抱きつつも、現状から逃れる決意をする。一方、夫の廣太郎は酒に溺れ仕事に無気力になっていたが、妻子の失踪を機に自らの生活を見つめ直す。やがて千葉で再出発したふじ子は、かつての平凡な日常とは異なる生き方を見つけ、廣太郎に離婚と別離の意志を伝える手紙を送る。妻の変貌と自立を通して、夫婦の新たな境地とそれぞれの再生を描く物語である。

林芙美子

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女中にきいてみると、こゝでは朝御飯しか出せないと云ふことで、ふじ子はがつかりしてしまつた。子供たちは、いかにも心細さうにあたりをながめてゐる。ふじ子はひよいとしたら、丼物でもとつてもらへるかも知れないと、女中に、何か食べものを取りよせてもらへるかときいてみた。

「さうですねえ、お蕎麥か、親子丼ぐらゐのとこでしたら‥‥」

「ぢやア、親子丼とうどんかけを一つづつ取つて下さいませんか」

女中が階下へおりてゆくと、ふじ子は暑いので帶をといた。障子をあけると、ふつと椎の木のむせるやうな匂ひが流れてきた。

「いま、おいしい御飯が來るから待つてゐらつしやい‥‥」

ふじ子は、子供たちの疲れた顏を見ると、冷い手拭で二人の顏を拭いてやりたいとおもひ、廊下へ出て洗面所を探した。廊下のつきあたりが窓になり、そこから、電車通の賑やかなネオンサインが見える。表は西洋館まがひで、ペンキで新しさうに塗りたてたこの旅館も、なかへはいつてみると古ぼけた造作で、新宿の賑やかな通りに、こんな古めかしい旅館があるとはおもへないくらゐだつた。

もう遲いので、女中が蒲團をかゝへて梯子段をあがつて來た。ふじ子はその女に洗面所をきいて、暗い梯子段を階下へ降りていつた。洗面器が三ツ四ツ、暗い流しに伏せてある。ふじ子は銹びたやうな水道のガランをひねつて、ぬるい水を洗面器にたゝへた。

生きてゆくためには、どのやうな手段法則をもいとはないのだけれど、二人の子供のことを考へると、ふじ子はどうにも仕方のない現實を感じるのであつた。親子三人やつとで、猛火をくゞり拔けて來たやうなそんな氣がして來る。ぬるい水のなかへ顏をひたしてゐると、急に鼻の奧が涙で燒けるやうになり、ぐつぐつと眼に熱いものがつきあげて來た。

細い聲でこほろぎがないてゐる。

ふじ子は、つくづく敗滅の人生を感じずにはゐられなかつた。――明日になつたら木谷に電話をかけて、宿へ來て貰はうと考へ、これからさきのことは、暗く怖しくとも、いまだけは、どうにかこの生活からのがれることが出來ればいゝと思へた。

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