本文へ移動
TORENDIA

淪落

本文約8,200字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

戦後の混乱期、生活難の故郷を飛び出し上京した十八歳の娘は、頼った知人宅で冷遇され、窮状から浦和で暮らす中年男性・小山の庇護下に入る。やがてダンサーとして生きる道を選んだ彼女は、様々な男性との出会いと別れを繰り返し、不安定な都会生活を送る。戦後の荒廃した社会で、自身の未来や結婚への淡い憧れを抱きつつも、どこか諦念を抱えて生きる一人の女性の揺れ動く内面と、刹那的な日常を描く。

林芙美子

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 7

わたしは、家のひとたちには無断で東京へ出て来た。終戦となつて間もなく、わたしの村へ疎開して来ていた東京の人達はあわてゝみんな東京へかえつてしまつた。田舎で一生を暮すような事を云つていた人達のくせに、戦争が済むと、本田さんも、山路さんもみんな東京へ戻つてしまつた。わたしは、東京と云うところはそんなにいゝところかと思つて、一度、東京をみたいと思つた。姉さんは、長い事大阪へ女中奉公に行つていたのだけれど、戦争がはじまつてから戻つて来て、家の手助けをしていた。兄さんは二人とも出征したのだけれど、内地にいたので、終戦と同時に戻つて来て、家にごろごろしている。わたしたちは、いまにどこかへ働くところをみつけなければならなくなるだろうと姉さんが云つた。大した田地もないのに、こんなに元気なものがうようよ一つ屋根の下に暮していては、いまに暮してゆけなくなると上の兄さんも云つている。わたしは六人兄弟で、私の下にまだ三人も小さいのがいるので、一日の食事は頭痛の種だとお父さんが口癖のように云うようになつた。わたしは決心して、仲のいゝ駅員のひとに頼んで東京行きの切符を買つてもらつた。お母さんに知られないやうにして、十日分位の食物をリュックに詰めて、わたしは去年の十月、夜汽車に乗つて一人で東京へ来た。東京へ来たら、ぜひ、家を尋ずねていらつしやい、御恩返えしをしますわと、山路さんの奥さんが、うちへ米や野菜を買いに来るたびに云つたのをおぼえていたので、東京へ着くなり、わたしはたずねたずねて山路さんの家へ行つた。山路さんは工場を持つていて、熱海と云うところには別荘もあると云つていたので、どんなに大きい家かと思つたら、案外小さい家であつた。奥さんはびつくりしてわたしを見ていた。家出をして来たのだと云うと、奥さんは困つたやうな様子で、「東京は、とても食物が不自由なのよ。第一、家も焼けて、いまは、よその家を借りている始末なの」と云うことだつた。わたしは二日だけ泊めて貰うことにしてすぐ働き口をみつけようと思つた。東京は随分焼けていた。びつくりする位焼けていた、本当に気の毒だと思つた。山路さんの奥さんは、わたしに田舎の不平ばかり云つて、田舎の人は悪人ぞろいだと云うので、わたしは腹が立つた。田舎にいる時は、あんなにペコペコしていて、東京へ来ると随分人が変つたようになり、田舎でなくした着物や時計をとりかえしたい位だと云つた。わたしも、奥さんから、お嬢さんの着物を二枚ほど貰つていたけれど、あまり不平を云うので、かえしてしまいたいと思つた。わたしは、山路さんの家の人達をいゝ人達とは思えない。奥さんに、御主人のお母さん、女子大に行つているお嬢さんが二人。みんなつうんと澄していて、寝る時も、一番きたないぼろぼろの蒲団を貸してくれた。一晩だけ山路さんの家へ泊つて、わたしは上野駅に行つた。そこでわたしは小山に逢つた。上野駅の電車の乗り口で呆んやりしていると、何処へ行くのかと話しかけて来た男がいた。わたしは、東京へ働き口をみつけて、知人をたよつて来たのだけれど、そこで薄情にされたから、また田舎へかえるのだけれども、切符が買えなくて困つているのだと話したら、その男のひとは、東京で働きたいのなら、いくらでも職はみつけてやるから、自分の下宿に来ないかと云つた。わたしは、やぶれかぶれになつていたので、何処で世話になるのも同じだと思つて、その男について行つた。男は浦和のアパートと云うところに住んでいた。みるかげもない汚いアパートの二階で、四畳半の狭い部屋には、蒲団と自炊道具があるきり。畳は芯がはみ出ていて、万年床が窓ぎわに敷いてある。小山は神田の小さい製薬会社に勤めていた。四十位のひとだつた。お金を沢山持つているのが不思議だつた。

林芙美子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本