秋果
本文約16,100字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
上海から東京へ戻ったもんは、心細い行末を案じつつアパートで弟の守一と暮らす。かつて思いを寄せた工藤との再会を経て、自身の経験した愛の虚しさや人生の流転を痛感する。やがて守一と工藤にそれぞれ召集令が下り、もんは二人の出征を見送る。現実の愛に恵まれず、過去の情愛を胸に抱きながら、時代の大波に翻弄されゆく一人の職業婦人の孤独と内面的な変容を描く物語である。
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芝居が閉ねて劇場を出ると、もんは如何にも吻つとしたやうに暗い街を歩いた。おなかが空いてゐたけれど、もうこのごろは何一つこんなに遲くまで食物店をひらいてゐる店もない。芝居もどりの人達が、ぞろぞろ自分のそばを通つてゐた。新宿行の電車の通つてゐる四ツ角の安全地帶のところまで來ると、もんは誰かが自分の肩を強く押して通つたやうな氣がして、ふつと振り返つたけれど、誰が肩を押して行つたのか、たゞ、自分のまはりを黒い人影が電車道の方へぞろぞろ流れてゐるきりだつた。秋らしいひいやりとした夜風が吹いてゐた。安全地帶で、暫く新宿行きの電車を待つてゐたが、來る電車も、來る電車も滿員で、もんにはなかなか乘れさうにもない。何處から、こんなに澤山のひとが鈴なりになつて來るのかもんには不思議だつた。さつきから、もんと同じやうに、何臺も電車を待つてゐる二三人連れの女のひとたちが、時々華かに笑ひあひながら芝居の話をしてゐた。そのなかのひとりが、笑ひ聲のしづまつたあとで、「何だか、行末のことを考へてゐると、私、心細いやうな氣がして仕方がないわ」と云つた。もんは獨りで安全地帶の廣告燈のそばに立つてゐて、心細い行末だと云つた女の聲をしみじみときいてゐた。